第1話 女神が目の前で土下座してる件について





       ――それは、綺麗な土下座だった。

    日本人も驚きな、それはそれは美しい土下座だった――




「ごめんなさい」

「いや、何がさ」


 僕は目の前で謎の謝罪をする女性を見下ろしながら、そうツッコんだ。

 だって、そうだろう? 目が覚めて起き上がったら、見たこともない場所で、見たこともないほどに綺麗な女の人が土下座してるんだから。しかも、何を言っても「ごめんなさい」の一点張りで、こちらの話を聞こうともしない。僕としては、何が何やらといった感じで仕方がない。


 まぁ、とりあえず。状況だけ確認しておこうか。

 僕は現在、真っ暗な空間に一か所だけスポットライトが当たったような場所にいる。そこに安置してあったとにかく豪華な椅子――いわゆる玉座というのか――に座っていた。そして、土下座である。以上。


 ただ、それでは味気ないので女性の特徴だけでも説明しておこう。

 彼女は、僕が目覚めると同時に土下座をかました。その刹那に確認できたのは、赤色の瞳に大粒の涙。髪の色は銀で、腰の辺りまである滑らかな輝きを放つものだった。身にまとっているのは簡素ながらも装飾に富んだドレスに、羽衣というのか、薄っぺらいヒラヒラした物を肩に掛けている。


「あの、さ……」

「ごめんなさい」

「………………」


 いや、そう言われましても。

 内心でツッコむがこれ以上、状況不明のままで時間を過ごすのは無駄な気がした。こちらだって状況を理解したいのだから、ここは力づくでも起きてもらうしかないのかもしれない。そう思って、僕は彼女の元へと歩み寄った。


 すると――


「――ひぃぃぃぃいっ!?」

「はい!?」


 ――ズザザザザっ! と。

 恐怖におののいたというのは、まさしくこのことか。

 円らな赤き瞳に涙をたたえて、彼女は僕から距離を取った。それはまるでこの世の終わりのような表情で。笑えば美人であろう顔立ちであったが、今ばかりは残念な程に歪んでいた。


 と、いうか。僕としては、この扱いがとても心外であった。

 何故このような美人に土下座をされ、恐怖されねばならないのか。童顔とは言わないまでも、親戚からは「リュウくんは優しい表情かおだねぇ」と、可愛がられてた僕だ。不良に対してビビることはあっても、ビビられるなんて経験は一度もなかった。


 それが、どういうことだろうか。

 目が覚めてみればこの状況。晴天の霹靂とはこのことだった。


「……よっし」


 だけれども、いつまでもこのままではいられない。

 多少、無理矢理にでも、話を聞き出さなくては前には進めないのだ。

 そんなわけで、僕は気合を入れてズズイッと、美女の方へとさらに歩を進めた。


「あの! どういう状況か教えてもらえませんか! お姉さ――」

「――お、お許しください!」


 そして、大声で問いただそうと、した時だ。

 彼女は噴水のような涙を流しながら、こう僕に言ったのであった。



「どうが、お許じぐだざい! ――魔王様ぁっ!?」――と。



「…………はい?」


 僕は、そんな間の抜けた声を漏らすことしか出来なかった。


◆◇◆


「――で。僕は魔王に転生した、と? 姿形はそのままに」

「ぐすっ……はい。その通りです。どうやら先代の魔王は、自身の死と共に、近しい素質を持った者にその能力を与える魔法を生み出していたようでして。原理はよく分からないのですが、とりあえずリュウさんには今、魔王としての力が備わっている状態なのです」


 転生だとか、魔法だとか、魔王だとか。

 何やら、ファンタジーな言葉を並べる女性。

 そんなこんなで、泣き止んだ彼女から一通りの説明を受けたが、僕にとって何よりも気がかりだったのは――


「――はぁ。というか僕、死んだんだ」

「はい、残念ながら……」


 そう。自分が死んでしまった、という事実だった。

 僕が肩を落として呟くと、それに反応する女性――ちなみに、女神様らしい。


「なんで?」

「残念ながら、トラック――」

「――に、かれた、と?」


 あぁ、アレか。いわゆるテンプレ的な?

 でも――あれ? 僕って、外歩いてたっけ?


 そんな矛盾について考えていると、目の前の女神様は笑顔でこう言った。



「いいえ。トラックが貴方の家に突っ込んで、ご家族全員が即死でした♪」



 ――って、ちょっと待て!


「え、ちょっと待って!? 何それ!」


 何それ悲惨すぎるんですけど!?

 家族全員即死って、大惨事過ぎるでしょ! え、母さんも父さんも、妹も婆ちゃんもみんな死んじゃったってこと? ――えぇー、ないわー……。


 僕はあまりの酷さに、思わず声を失った。

 内心ドン引きである。何にかって? そりゃあ、こうやって目の前で、


「安心してください。ご家族は無事に旅立たれて――」

「――いや、そうじゃなくてね!? そんなことサラッと言う!?」


 事もなげに、その眩しい笑顔で事実を突き付けてくる、この女神にだよ!

 しかもさっきの言葉の語尾、『♪』が付くような軽いノリだったよ!? なんなのこの人(?)! 自分の身は可愛いけれども、他の人の命には関心がないタイプなの!?


「……? おかしいでしょうか」

「………………」


 あー、駄目だ。

 この女神駄目だ。色んなところで駄目だ。

 何が駄目って、他に言ってしまえば色々あるのだけれども、その最たるは――


「しかも、聖剣を失くしたって、アンタ……ホントに駄女神ですね」

「うぐっ……駄女神……っ!?」


 魔王が死んだと思って、唯一の聖剣を破棄したってことだ。


 彼女の言葉曰く、僕――すなわち魔王の肉体はその聖剣でしか傷付くことはない、ということらしい。しかし、この女神はやらかした。そんな大事なモノを、不用品として捨ててしまったのだという。

 そんなわけで、冒頭の土下座に戻る、ということであった。


 つまるところ、お願いだから悪さだけはしないで下さい、とのこと。

 思いもよらなかった魔王の復活に、ビックリ仰天、自分の失点をどうにかしてうやむやにしたい。だから、どうか静かにしていてください――と、いうことのようだった。


「だ、駄女神でも構いません……この通りです」


 そしてまた、こうやって玉座に座る僕に彼女は土下座する。

 僕は頬杖をついて、深くため息をついた。つま先のすぐ前にて頭を下げる女性に対しては、呆れを通り越して苛立ちを覚える。だがしかし、今後のことを考えると彼女のことは無下に扱うことは出来ない。

 何故なら、現状の僕は右も左も分からない状態なのだから。


 そう考えたら、この女神との関係は断たない方が良い。

 それに、何よりも、である。


「心配しなくてもいいですよ、別に。悪さなんて、するつもりないし」

「え、本当ですか!? ほ、ホントにホントですか!!」

「えぇ、そうですよ。メリットもなさそうだし」


 僕に、彼女のいる世界をどうこうする理由なんてなかった。

 だから、この女神の言動には腹が立つが、そこはそれとして考えるしかない。

 そしてそれを交換条件に、何かしらのメリットを得た方が良いだろう。例えば、家族のことを蘇らせてもらうとか、神様的な存在なら出来そうなことをしてもらうとか。


 さて、ここからは交渉次第だ。

 そう思って僕はまず、家族のことをお願いしてみようとする。が、しかし――


「その、残念ですが――女神の力を持ってしても、命の蘇生は叶わないのです」

「えっ! そうなん、ですか?」

「はい……すみません」


 今度は心の底から、申し訳なさそうに女神は頭を垂れた。

 話を聞いてみると、それが可能なのはさらに上の創造神クラスの権限が必要なのだという。要は上司の許可なり何なりが必要とのことだった。しかし、この女神にはそれを申し出ることさえ不可能、というか聞き入れてもらえない――何故なら、駄女神だから。


 さて。そうなると、だ。

 僕らの交渉において、一番の落としどころはいったいどこになるのだろうか。

 彼女の願いは、僕が彼女のいる世界にて悪さを働かないこと。それをクリアした上で、僕にプラスになることと言えば――


「――あのぉ。すみません、貴方を元の世界に戻す、とかどうでしょう?」

「……えっ!?」


 と、その時だった。

 駄女神の口からそんな提案が出てきたのは。


「え、なに? それってつまり、僕は自分の世界に帰れるってこと?」

「はい。それでしたら、転生ではなく転移ですので、私の持つ権限でも可能です――ただ、その代わりに経歴などは偽りのモノになってしまいますが……」

「いや、いいよ! 知らない世界で生きるよりも、知ってる世界の方が!」

「そ、そうですか? 意外ですね。こういった場合、多くの方が新しい世界にて生きたがるモノと、他の女神から聞いていたので……」

「? そんなモノなの?」

「そんなモノ、らしいです」


 それは、何と言うか不思議な話であった。

 僕としては自分の人生に未練がありまくる。好きな女の子にだって告白できなかったし、高校二年生という青春真っ盛りで命を落としてしまったのだ。そんなの、戻りたいに決まっていた。

 それでも、そうやって新天地に行く人が多いというのは、きっと好奇心旺盛な方が多いということだろう。きっと。


「そ、それでは――今すぐ準備を致しますので、お待ちください!」

「あ、うん。ありがとう」


 言って、何やら書類――意外とアナログなんだな――に記名したり判を押したり、事務作業をする女神。そうしてしばしの時間待っていると、彼女は満面の笑みでこう僕にその書類の束を手渡してきた。

 軽く目を通してみると、どうやらどこかのアパートの契約書、のようである。


 ふむ、場所は――ん?


「え、これって僕の家の近所の――」

「――それでは、転移いたしますね! あ、それと経歴、設定はもう一枚の紙に記載されていますので! 目を通しておいてください!」

「え? あ、はい――って、ちょっと待て! 何だコレ!?」


 僕は、そこに書いてあった内容に驚愕した。

 何故ならそこに書いてあったのは、このような内容だったからである。


舞桜まおうリュウ 年齢不明

 女神アイリーンのヒモであり無職。高校中退後に浮浪者となっているところをアイリーンによって救われた。現在はアイリーンが大家を務めるアパート・異世界荘にて引きこもり生活を送っている。衣食住はすべて、アイリーンより提供されており――』


 ――簡単に抜粋すると、こんな感じ。

 それにしても、ツッコみどころ満載である。

 何が嬉しくて僕が、この駄女神――アイリーンに救われた犬のようなポジションに立たされねばならないのか! 心外もいいところだ!!


「おい! 本当にこれでいくのか!? これで――」

「――転移、いたします!」

「話を聞けぇーっ!?」


 だが、そんな僕の訴えも空しく響いた。

 そして僕の身体は、赤色の光によって包まれた――かと思えば、指先からだんだんと薄らいでゆく。それは侵食を進めてゆき、最終的には首だけが残る形となった。


 そんな時になってである。

 駄女神がトドメの一言を発したのは、


「あ。そう言えば、言い忘れてましたが……リュウさんの部屋には空間の歪みがありまして、定期的に異世界からの住人が訪れると思いますが、お気になさらずに♪」

「はああぁぁぁ――――――っ!?」


 そんなの、どう足掻いても気にするわ!

 何だよ空間の歪みって、そんな欠陥住宅に僕のことを幽閉しようってのか!?


「ちょっと待てよ、そんな話聞いてな――」

「――行ってらっしゃいませ♪」


 しかし、僕の訴えは聞き届けられることなく。



 視界は闇に閉ざされた――。



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