第30話 新たな旅立ち
王都カムスラーディアを荷を満載にした馬車が遠ざかってゆく。馬車に繋がれ一頭の乗用馬がその後をゆったりとついて行く。
…………
……
臣民の儀の後、待ちかねたとばかりに王はイシュトバルトに近づき、周囲の者に聞こえないように声を落として言った。
「今日から、お前も俺の臣民だな」
「くっ……」
にやりと笑うカリエに、イシュトバルトは返す言葉がない。
(やられたな……)
イシュトバルトは自ら王国に所属する道を選んだ。リートに家族以外に所属するものを、所属する国を与えようと考えたのだ。その為には父親となる自分が王国に所属する。王国民であったラートリンドと籍を一つにするのだから何の問題も無い。
だから、王が何かをしたわけではない。
しかし、リートの臣民の儀の場で、参列者は少人数であったとは言え、王は
これからはカムスラード王国のイシュトバルトとして振舞わなければならなくなったのだ。
特に不都合がある訳ではない。しかし、少々堅苦しい思いをする事になる。気にしなければいいと言えばそれまでの事だが……。
王に悪意がある訳ではない。むしろ半分は善意である。王の口からイシュトバルトが王国臣民であると表明されたと言う事は、イシュトバルトの身に何かがあれば王国が相手になる、と、そう公言したに等しいからだ。国外へも頻繁に足を運ぶイシュトバルトの身を案じての事なのだ。
唯、残りの半分は悪戯心だ。
イシュトバルトの心を読んだように王は言った。
「これまで通り好きに振舞って構わん。思うが儘の道を歩め。何も気にする事は無い」
王は巻かれた羊皮紙をイシュトバルトに手渡した。開いてみると、『カムスラード王国臣民の証』と書いてあった。イシュトバルト一家、三名の名、そして『この証持ちたる者に害あるは、即ちカムスラード王国に敵意ありと認ず』と記してある。もちろん最後には、国王の名と印璽。
イシュトバルト一家に手を出せば王国の敵と
(やられたな……)
「精々活用させてもらう」
悔し紛れにそんな憎まれ口を叩くイシュトバルトだったが、もちろんこの証をひけらかすつもりなど全くない。王に迷惑をかけるつもりなど全くない。しかし、万一の時、これ程心強いものもないだろう。
「ふふ、はははは……」
「あはははは……」
どちらからともなく、二人は手を握り合っていた。
笑い出した二人が、周囲の耳目を集め、イシュトバルトは慌てて真顔を作り、王に渡された羊皮紙を捧げ持つ。
「ありがたく拝領仕ります」
王が小声で返す。
「ここにいる奴らは、凡そ知っているから、気を遣わんでもいいぞ」
「えっ、そうなのか?」
やはり小声で答えるイシュトバルトだったが、見回すと、王の連れてきた官吏たちが笑っていた。
(やられたな……)
王がイシュトバルトの肩を叩き、笑い出した。
イシュトバルトも目に涙が滲む程笑い出した。
思えば、子供に対して臣民の儀を行うなどおかしな話だ。王がそんな事を言い出した時に気が付くべきだったが……。
あの時からずっと王の掌で踊らされていたと考えると、イシュトバルトは何とも複雑な気持ちになる。
(敵わんな……)
笑いながらイシュトバルトは思っていた。
…………
……
臣民の儀の後、参列者全員をイシュトバルトの屋敷に招き、祝宴が催された。
夜更けまで続く祝宴だったが、王が最後まで残っていたことは言うまでもない。
サキマームの肩を借りて王が乗り込んだ馬車を見送り、屋敷へと戻る。王宮から手伝いに来ていた侍女たちもすでに引き上げている。
サリーが四人分の茶を用意してくれる。
イシュトバルトはラートリンドの両親に改めて不義理を詫びる。
「あれ以来何の音沙汰も無く、お詫びします」
「詫びなど…、その様な必要は全くありませんぞ」
「それに、お二人の宝を二つも独り占めしてしまう事、お許しを…」
「どちらの宝もイシュトバルト様の手の中が最も光り輝いております。これ以上の喜びはありませんぞ。なぁ」
「まぁ、随分うまい事をおっしゃいますこと。その通りだと、わたくしも思います。ですが、一つだけ……」
「お母様!」
「おい、お前…」
「もう少し早くにお心をお決めいただいていればと……。わたくし共、ずいぶんやきもきさせられました」
「……いや、これは、何とも申し訳……」
「ふぅ。すっきりいたしました。ごめんなさいね」
「お母様!
「ふふっ、叱られちゃいましたね。十年経っても、イシュトバルト様は全くお変わりなく、安心しました。もう一つの宝も宜しくお願いいたします」
「此方こそ……」
イシュトバルトは頭を下げた。
(もう二度と…)
イシュトバルトは口に出しそうになった言葉を飲み込んだ。この十年でイシュトバルトの病の知識と治癒の腕は格段に向上している。二度と失敗しないために……。
…………
……
結婚式より一週間が経ち、参列したラートリンドの両親を伴い、ラートリンドの故郷、ヘキスへと向かう。ヘキスにしばらく滞在した後、ヘキスの北、保養地として名の知れたウルサミスへと足を延ばす。
王国の内外を旅したイシュトバルトにも初めての地である。
これまでずっと働き詰めだったラートリンドにとって、十年目にして初めての休暇となる。
「暫らく、屋敷を頼む」
サリーとタミーに告げる。
「畏まりました」
「お任せください」
二人は深く頭を下げ、一同を見送る。
馬車が王都を離れてゆく。イシュトバルトとその息子リート、妻ラートリンド、そしてその両親が乗り込んでいる。荷物を満載した馬車だ。一頭の馬が、馬車に曳かれ、その後をついて行く。
リートの新たな旅である。
リートの旅 第一章 完
リートの旅 @Rew
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