今が一番、美しい時間
リバウンドしたパピコは、大玉転がしのようにアタルに転がされながら毎日大学まで行っていた。
するとアタルの方がみるみる痩せていった。
「明日からはお前が転がす方な」
ようやく状況に気が付いたアタルが、ヘルシーな夕飯をテーブルに並べながら言った。
「足がもつれたらどうしよう」
自分の彼女だということを忘れてるかのように、アタルが笑い飛ばす。
「私たち、すっかり名物カップルになったわね」
「元カレ越えたか?」
最近アタルは何かとサリーに対抗意識を燃やしている。
パピコはメラメラと燃えるアタルに、タックルを仕掛けるが、さらりとかわされる。
「越える気あんの?」
パピコはジト目でアタルを見る。
「どうだか?」
パピコはなんだか消化不良のまま、ヘルシーメニューに手をつけることになった。
ポテトサラダかと思ったが、ジャガイモの代わりにオカラを使っているらしい。アタルはパピコが聞いていようが聞いてまいが構わずにベラベラと使用した食材や食べる順序について説明し始める。そのわずらわしさを打ち消すほど、口につけた料理の全てがおいしく、感動しながら味わっていた。
なんて美しい時間。
「ご馳走様でした」
いつものように、ご馳走様をすると、アタルが目を丸くしていた。
「お前、気づいてないのか?」
「何を?」
「炭水化物、なかったんだぜ?」
パピコは頭が真っ白になった。
そんな、まさか炭水化物がなかったことに気が付かなかったなんて。
頭の中で、風船が弾けるような音がした。
何かしらメロディーが流れようとしたので、堪えてくれ、とパピコは強く訴えた。
パピコは鉛筆を持つ。
頭の中に降りてきた音符に合う靴のサイズを測るように、言葉を紡いでいく。
誰も歌ったことのない愉快な歌を。
パピコは、作詞をする上で心掛けていることがあった。
それは、聴き終わった後に、世界が美しく見えるような歌を作ることだ。
たとえ正論でも、現実を皮肉って陰鬱な気分になるような歌は作りたくない。
だから、パピコは、両親のようにはなれないし、なろうともしていない。
今まで汚いと思っていたものが、美しいと思えるような歌を。
自分の見方を変えてくれるような、自分の心を明るく照らしてくれるような歌を。
そんな歌を、アタルに歌ってほしいのだ。
「アタル、フルート吹いて」
アタルのフルートを聴いていれば、はかどる気がした。
炭水化物メロディー 水田青子 @tata0809
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