第45話 素朴な人情
俺が一人で軽トラから荷物を降ろしていると、四十前後とおぼしき若奥さん(四十前後で若奥さんと言えるかどうかは分からないが)が家の中から出てきた。
その後に六十代後半と思われるお婆さんが現れ、俺に「ご苦労様」と声を掛けてくれる。俺は恐縮しながらも「お疲れ様です」と意味不明な返答をしてしまった。実は除染作業員の間では、「お疲れ様です」という挨拶が定番化しており、咄嗟にそう返してしまったのである。我ながら間の抜けた返答をしてしまったと反省。
そのお婆さんに見送られた若奥さんは、自家用軽自動車に乗って外出をした。
俺達は段々畑の下から順番に除染作業をする。段々畑自体はそれぞれ平坦であり、草だけなのでなんの問題もなかった。しかしその上にはスペースはさほど広くはないものの、竹林や笹林や鬱蒼とした草木の生い茂る農地がある。
どれも難関な場所と言えるが、中でも笹林が一番厄介だった。
刈払い班が刈払いをした後に俺達が熊手を使って集草するのだが、笹林では刈取った後の笹の切り株が尖って出ているので、歩く時にとても注意が必要なのである。
「いてっ!」
俺も注意をしながら作業をしていたのだが、ついに笹の切り株に長靴を貫かれてしまった。まだ買ってから一ヶ月も経っていないのに……。
俺がうんざりとしながら軽トラに戻ってくると、調度若奥さんが外出から帰ってきたところだった。何か買い物でもしてきたのか、両手に買い物袋を提げている。
そろそろ休憩時間でもあり、他の作業員も休憩の為に車のところに集まってきた。
すると家の中から若奥さんとお婆さんも出てきた。手には先程の買い物袋を提げている。
「お疲れ様です。休憩の時に皆さんで飲んで下さいね」
そう言って買い物袋から缶コーヒーや缶ジュースの他に、栄養ドリンクまでを取り出した。
「ありがとうございます」
思わぬ差し入れに感激をしながらも、俺達はそう返答する。
どうやら若奥さんの先程の外出は、これらを買い出す為だったのだろう。
正直俺達除染作業員は、これまで地元住民からは嫌われているのではないかと思っていた。一部の作業員がする不道徳な行動が、報道機関によって大々的に喧伝されることで 多いに影響されるからである。
それにも関わらず、このような親切なもてなしを受けると、もう何て言って良いのか……。
この地に素朴な人情を見ることができ、俺はとても嬉しくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます