第24話 除染作業初日 4
俺達の拠点となる萱浜の仮置き場からユニック車には荷物を積み込み、トイレカーも発動しながら、残りのメンバーは移動車へと乗り込んで現場へと向かった。
浜から少し西側に移動した後に、県道260号線を北上して杉林を過ぎてから浜の方に農道へと入っていった。そこが俺の初めての除染現場である。かなり広い現場だった。一メートル以上もありそうな背の高い枯草が一面に生い茂っている。
農道を通ってかなり低い位地に下っているので、県道からは現場の様子を伺い知ることは出来ない。
農道に車を停めて最初にブルーシートを広げた後、除染作業に必要な道具や荷物をみんなで降ろし始める。
これが福島の特徴なのか浜辺ならではのことなのかは不明だが、とにかく風が強かった。ブルーシートを広げるにも一苦労である。ブルーシートの端に重い荷物を乗せながら徐々に荷物を降ろしていく。
その中には刈り払い機も、約五台近くあった。二メートル近いアルミ製パイプの片方にエンジンがあり、その反対側に回転刃のある草刈機である。エンジンの近くには、両手で持つハンドルも付いていた。そのハンドル操作で草を根元から刈っていくのである。
その現場には最初からクローラー付きの草刈機もあった。しかし、これは別現場に行く綿田班が使うという。
クローラーとはキャタピラーのことで、人が乗って操作する大型の草刈機のことである。大型とは言っても、あくまでもハンディな刈払い機と比べてということで、さほど大きな物ではない。背の高い草には不向きだが、背の低い草ならとてつもなく効率良く作業することができる。
綿田班がどうやってこのクローラー付きの草刈り機を運ぶのかと不思議に思っていたら、ユニック車の後ろの煽りを下ろした後に三メートル位のアルミ整の板を斜めに渡した後、兄やんが自走してユニックの荷台に乗せていた。成程、そうやって積み降ろしをするのか。こういうことに疎い俺は、目から鱗が落ちる思いだった。
綿田班が現場へと向かった後に、新田班は除染作業を開始した。四人が刈払い機を使って背の高い枯草を刈っていく。残りのメンバーが熊手を使って枯草を集め、黒フレコンに枯草を入れていく。それが一連の流れになっていた。
俺達が熊手を使って集めた枯草を、菊田さんがフォークを使ってフレコンの中に投入する。俺と橋田さんと斉田さんの三人がフレコンの上端を持ち、大きな掛け声を掛けながらゆっさゆっさとゆすって枯草をフレコンの底へと誘い込む。その後に手で更に奥へと押し込んでいく。これはかなり効率が良いと、俺は自画自賛をしていた。しかも四人でワイワイと楽しみながら。
「てめぇら、何遊んでいやがるんだ」
突然、思わぬ怒声が鳴り響いた。班長の新田さんである。新田さんからは俺達のしていることが、無邪気に遊んでいるように見えたのかも知れない。
「いや、三人で枯草をフレコンに押し込んでいるんですけど」
「バカ野郎、三人でするようなことか。一人づつ枯草を入れて押し込めば済むことだろうが」
そう言いきられてしまうと反論はしにくい。どっちが効率的かという論理的なことよりも、この場合イメージの方が先行してしまう。しかも相手は班長である。
平和主義者を標榜している俺は敢えてだんまりを決め込んで、それ以上の反論を封印した。これが俺の処世術なのである。何か虚しい。
その現場はかなり広かったので、その日の内には作業は終わらず、翌日に持ち越した。
現場の端の方にブルーシートを敷いて、その上に枯草を詰めたフレコンを並べ、更にその上にブルーシートを被せ、周囲をトラロープで縛って固定する。所謂飛散養生というやつだ。
全ての片付けを済ませてから新田班は、仮置き場を経由して午後四時半頃に朝礼会場へと戻っていった。
朝礼会場に戻ると、まずスクリーニング室へと向かう。そこは単にマスクと綿手袋を捨てる場になっていた。
「斉田さん、スクリーニング室って何の意味があるのですか?」
知らないことはいつも斉田さんに訊いている。
「本来ならここで線量を測ってから除染で使用したマスクと手袋を捨てるんだけど、この現場は低線量なので測定が省略されているんだ」
「マスクと手袋はここ以外で捨ててはいけないのですか?」
「いかに低線量だとは言え、一応除染で使用したものだからね。実際に汚染されているかどうかは関係なく、ここ以外では捨てられないんだよ」
よくは分からないが何となくそういうものかと一先ず納得していると、斉田さんがとんでもないエピソードを追加する。
「これをコンビニなどに捨てられると大問題になって、場合によっては何日もそれが原因で現場がストップする事態にもなりかねないんだ」
「そんなに大事(おおごと)なんですか?」
「以前に問題を起こして退場させられたやつが、JV へのはらいせでわざとにコンビニに捨てていって大問題となったことがあるんだけど、その時は一週間現場がストップしたらしいよ」
全くとんでもないやつがいたものだ。実際には真面目に仕事をしたいという人が多いのに、こういう一部の人間が除染作業員の評判を下げているのだろう。
斉田さんと俺はスクリーニング室を出ると長靴を洗いに向かった。縦約五十センチ横約百センチ高さ約二十センチ位の水の入ったトレイがあり、そこで洗うのである。その水は無闇に捨てることはできない。放射能汚染された水ということで、厳重に管理されているのである。低線量とは言え放射線にさらされながら除染作業をしているということを、改めて実感する思いがした。
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