第23話 除染作業初日 3
そうこうしている内に朝礼の時間がきて、建屋の北側の広場で、恒例のラジオ体操が始まった。
ラジオ体操も人それぞれである。ある人はほとんど動かず、ある人は小手先だけの動きに終止し、ジャンプするところでは足踏みだけをする人もいる。中には意味不明な動きをする人も。
自分で言うのもなんだが、根が真面目な俺はラジオ体操と言えども手を抜かない。そんな俺と周囲との雰囲気は自ずからギャップが生じていた。
ラジオ体操は一体なんのためにするものなのか? 誰のためにするものなのか? 何故みんなそこに思いを馳せないのか? 釈然としないまま朝礼は終了する。
朝礼後、KY なのかどうか判然としないようなことをして、取り敢えず萱浜の仮置き場に全員で行くという。場所の分からない新規入場者は先発組の車の後をついていくしかない。
朝礼会場から六号線に出て少し北上すると、すぐに右折をした。萱浜という位なので、浜のある東側に向かっているらしい。
暫く東行した後になだらかな下り坂があり、少し行くと人家のほとんど無いエリアに遭遇した。そこから先はそれこそ見事に何も無いのである。
「この辺りまで津波が押し寄せていたのか……」
そんな感慨に耽っている内に仮置き場に着いてしまった。
そこは高さ二・三メートル位の白い壁で四方を囲まれた一辺が百メートル位のあまり広いとは言えないスペースだった。壁というよりは、白くペイントされた鉄製のボードである。そのボードに遮蔽され、外からは中の様子を伺い知ることは出来ない。
何も無い草原の真ん中にあるにも拘わらず、その白い壁のせいでさほど他との違和感は湧かなかった。おそらくそこまで計算した上でのことなのだろう。
中に入ると、中央に黒フレコンが積まれていた。側にバックホウがある。しかしショベルですくうような物は何も見当たらなかった。この場合は、バックホウのクレーンモードが活用されるのだろう。ショベルの下にあるフックで荷を吊り上げるのである。
新規入場者教育の時に安全衛生管理責任者の有田さんが、頻りにバックホウをクレーンモードにするようにと言っていたことが漸く府に落ちてきた。
有田さんの話しでは、クレーンモードにすることでキャタピラーをロックした上にクレーンの付いたアームの移動速度が遅くなるらしい。それが安全対策になるのである。
場内の通路上には、左隅に寄せて駐車されているトイレカーや四トンユニック車が、それぞれ数台づつあった。トイレカーとは軽トラックの荷台に簡易トイレを据え付けたもので、ユニック車とはトラックに小型クレーンの付いたものを指す。それらの車は野田建設の専用らしい。
あとから分かったことたが、この仮置き場は、野田建設の使用する作業車や用具や資材の置場にもなっていた。あくまでもフレコンに入れた除染廃棄物の仮置き場というのがメインで、単にその中で空いているところを間借りしているにすぎないのだが。
「斉田さん、フレコンて何の略なんですか?」
「えっ、フレコン?」
「フレはフレキシブルだとは思うのですが、コンはコンパクトですかね?」
「バカ野郎、フレコンはフレキシブルコンテナに決まっているだろう」
俺が斉田さんにくだらない質問をしていると班長の新田さんが、そう言って割り込んできた。
新田さんは除染のベテランらしく、班長になるだけあってそういった知識は豊富だった。
仮置き場に全員が集合すると、再度現地KY が始まった。いや、まだ現地ではない仮置き場なのだが、何故かそう表現していた。
JV の若い担当者も来ている。先程、朝礼会場で顔を合わせたばかりなのに。いったいどれだけ朝礼やKY をすれば気が済むのだろうか?
そこでは新田班と綿田班に振り分けられ、それぞれにKY と言うか作業内容の説明があった。
全員でユニック車に資材や用具を積み込んだ上で一旦萱浜の別の現場に集合し、そこに荷物を降ろしてから、一班はその現場をもう一班はその近くの現場を除染するという。
その日俺は新田班に振り分けられた。新田班は荷物を降ろした後移動せずに、その場所の除染をするらしい。必然的に綿田班が近くの別の場所に向かうことになる。
一言で『除染』とは言うが、色んな分類分けがある。農地除染、道路除染、山林除染、住宅除染、住宅及び建築物の解体等。
俺達の所属するJV の受持ちは南相馬市原町区の農地除染だった。
南相馬市は原町区と鹿島区と小高区の三区域に別れている。もともと別々だったものを南相馬市として一つに纏めたものらしい。
原町区と鹿島区は、原発事故後もそのまま住民が暮らしているが、小高区は帰還困難区域になっていて住民はそこに住むことができず、別の場所に避難をしている。
同じ市の中でも放射能による被害の度合いは違っている。それによって国の対応も補償の内容も違っていた。
聞くところによると、その対応の境目では近隣住民同士で対立することもあるようだ。隣同士に住んでいながら、片や補償があってもう片方では補償がないとなれば、人間心理として素直に受け止めることができないのは当然である。
原発事故は、それさえなければ起こることのない、このような目に見えない弊害も生んでいた。
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