第22話  除染作業初日 2

 暫くして奥の事務スペースから、正田さんと新田さんと綿田さんが現れた。新田さんと綿田さんは、なにやら地図とか書類のようなものを手に持っている。今日除染する場所の資料らしい。ということはこの二人が班長なのか。


 正田さんは百均の透明ボックスを持っている。

「今からPDを渡すので、入場手続きをするように」

 正田さんはそう言って手に持っていた透明ボックスから、なにやらキットカット一山位の大きさの機器を取り出して、それぞれに配布した。それには首に掛けられるように紐が付いている。


「斉田さん、PD って何ですか?」

 分からないことは斉田さんに訊くに限る。

「個人別に被爆線量を計測する機器だよ。その日の被爆線量が液晶で表示されるんだ」

「そんなに放射線量は高いのですか?」

「いや、南相馬はかなり線量が低いので形式だけだと思うよ。それよりもこれは出勤確認に使われるんだ」

「正田さんの言っていた入場手続きとかいうやつですね」

「そう、向こうにあるパソコンで入場手続きをするのだけれど、やり方は先発組の人に訊かないと俺も分からないな」


 PD を受け取った人が次々にパソコンのところへ向かっているので、俺も斉田さんもその後に続いていき、やり方を教えてもらって入場手続きを済ませる。

 野田建設の休憩スペースに戻ってくると、マスクと白い綿手、それに薄いゴム状のラテックス手袋をそれぞれ受け取った。どうやらそれらは除染の必需品らしい。ヘルメットは野田建設のネーム入りのものを昨日の内に支給されていた。


 ここまでのことをしてもまだ朝礼までには三十分近くあった。それぞれが雑談をしている。

 雑談と言っても殆どの人が初対面に近いので、主に出身地を訊くことから始まった。

 斉田さんが静岡出身というのは既に知っていたが、その他には北海道、青森、秋田、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、神奈川、長野、岡山、高知、鹿児島などが確認できた。

 やはり東北地方や関東地方の人が多いようだ。以外だったのは、関西地方出身者はその時確認できた中では俺一人しかいないということである。


 少し話した中で分かったのは、殆どの人が除染経験者ということだった。全くのド素人は俺一人だけなのか━━と思っていたらもう一人いることが分かった。岡山出身の橋田さんである。年齢は俺より若く五十前後だと思われるが、低姿勢ながらよく喋り、また喋りやすい雰囲気の気さくな人だった。俺が親近感を持ったのは言うまでもない。


 そんな雑談をしている内に、ふとあることに気が付いた。

 同じ作業着を着ている人がかなりの割合でいるのである。ざっと数えてみると八人確認できた。俺と斉田さんを車に乗せてくれている今田さんもその中の一人である。

 班長らしき新田さんや綿田さんもそうだった。他には阪田さん、藤田さん、菊田さん、古田さん、丸田さんなどである。


「阪田さん、皆さん同じ作業着ですが同じ会社の人ですか?」

 俺は一番近くに座っていて、一番貫禄のありそうな阪田さんに訊いてみた。

「おうよ、俺達は前の現場の飯舘で一緒に働いていた仲間だよ」

 阪田さんが、少しべらんめい口調で得意げに説明してくれた。

 全体で約三十人の中の八人は一大勢力である。

 長野の会社経由の人も十人近くいるので、勢力的には上回っているはずだった。しかし、こちらは単にその会社を経由したというだけで、お互いに全く面識のない人達ばかりでなのである。結束力ではまるで欠けていた。


 二大勢力のどちらにも所属しない人達の中に、ある夫婦者がいた。あまりにも意外な組合せなので特に目を引いていた。小松田さん夫婦である。

 旦那さんは六十四・五歳で奥さんはアラフォー。二回り近い年齢差もさることながら、奥さんはフィリピン人である。旦那さんに通訳してもらわなければ、ほとんど言葉も通じない。

 時々テレビで農家に嫁ぐ外国人花嫁という特集を目にするが、実際に見るのは初めてだった。


 会津から来ている小松田さんは、歳のわりに体力もあり真面目で夫婦仲もよく好感が持てた。俺より五歳以上も歳上の小松田さんが、二十以上も歳下の外国人女性を奥さんにしていることに対して、多少の羨望というかやっかみを感じるのは否定できないところではあるのだが。


 そんな風に雑談をしながらも周囲を観察していた俺に阪田さんが話し掛けてきた。

「ところで松田さんはWBC をした?」

「えっ、WBC ?」

「そう、WBC 。普通除染ならするはずなんだけど、今回は俺達もしていないんだよな」

「よく分からないのですが、それってワールドベースボールクラッシックのことじゃないですよね」

 何か違うなとは思いながらも、俺にとってWBC と言えばそれ位しか思い浮かばない。

「バカ言ってんじゃねえよ。除染でWBC と言えばホールボディーカウンターに決まっているじゃねえか」

 阪田さんが、あい変わらずのべらんめい調で捲し立ててきた。

「何ですか? そのホールボディー何とかって?」

 俺は訳の分からない言葉に困惑する。

「そういう名の機械の中に入って、全身の放射線被爆量を測定するんだよ。普通は除染現場に入る前と、その現場の仕事から離れる時には必ずするはずなんだ」

「いえ、俺もしていないと思います。そんな言葉自体知らなかった位ですから」

「じゃあ、ホウカンテチョウは?」

「ホウカンテチョウ?」

「放射線管理手帳のことだよ。これも普通は提出するんだけど、今回は請求されなかったんだ」

 次々と飛び出す新たな知らない言葉に、俺は嵐の中の小舟のように翻弄される。

「多分、今回の除染事業が環境省のものではなく、南相馬市が事業主体になっているからじゃないのかな」

 今田さんが推測で、そう教えてくれた。

「それに南相馬市の原町区自体、線量はそんなに高くないしね」

 藤田さんもそう追従する。

「あったりめえよ。このあたりは住民が普通に生活しているのだからな」

 これは阪田さん。

 どうやらその辺りが真相だろうということで、皆の意見は落ち着いた。


 南相馬市は原町区、鹿島区、小高区の三地区に別れるのだが、小高区が期間困難区域ということで全ての住人が避難しているのに対して、原町区、鹿島区では低線量ということで住民は避難することなく普通に生活をしていたのである。


 同じ市の中でも汚染の度合いが違い、行政の対応も違っていたのだった。

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