第20話 安全長靴
新規入場者教育は十二時少し前に終了した。その頃には、すでに現場に出ていたメンバーも昼食のために戻ってきていた。
その中に正田さんの姿を認め、俺は気になっていたことを確認する。
「正田さん。新規入場者教育で安全長靴を履くように言われたのですが、そんなこと聞いていませんけど」
多少非難がましいのは仕方がない。
「安全長靴か……兄(あに)やん、悪いが車でダブルストーンに連れていってやって」
正田さんは悪びれる様子もなく、少し向こうにいる人を呼んでそう言った。正田さんより少し背が高く痩せ型の人が近付いてくる。
「今からか?」
「頼むよ、兄(あに)やん。安全長靴を買うだけだから」
どうやら二人は兄弟で、正田さんの方が弟のようだ。兄弟とは言え、見た目のタイプは少し違っていた。
正田さんの方は『兄(あに)やん』に比べると少し背が低く中肉中背で、タレントでいうと博多華丸・大吉の華丸にそっくりだった。
弟が現場責任者で兄はその配下となる。この組織の脆弱さを感ぜずにはいられなかった。
兄やんに車で連れていってもらったダブルストーンは、作業服や作業用具専門店で朝礼会場から五・六百メートル位離れた国道六号線沿いにあった。場所さえ分かっていたら歩いてでも行ける距離である。
ダブルストーンに着くと兄やんは俺を降ろした後、駐車場の車の中で待っていた。俺は一人店内に入って目的の場所を探す。
ずらりと並んだ長靴の中にそれはあった。いや、こちらの方が品数が多いくらいである。原発被災地ならではの、除染作業員を意識した品揃えなのだろうか。
安全長靴。爪先に鉄板が入っていて足の指を保護してくれる。その分普通の長靴に比べると値段が少々高かく、だいたい三千円から五千円位が多かった。
俺にはどれを選べば良いのか、まるで分からない。商品を前にしても尚迷っていたが、あまり兄やんを待たせるのも悪いと思い、結局高くも安くもない三千八百円の黒いシンプルな物を選んだ。それが正解だったのかどうか。その時の俺には、まだ分からなかった。
一事はどうなることかと思ったが、有田さんから指摘された安全長靴も用意でき、明日からの初仕事に対して準備万端を整えることができた。
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