第19話  新規入場者教育

 七時四十五分、会場建屋の北側で全体朝礼が始まった。総勢は約一千人弱。正確には数えていないので分からないが、実際は八百人位なのかも知れない。


 ラジオ体操のあと、一次会社の代表がそれぞれ作業内容と安全注意事項、各社の作業地域、作業内容、人員数等を発表した。発表者が十数人いることから、JV の下にそれだけの一次会社が関わっていることになる。二次会社三次会社まで含めると、いったいどれほどの会社が関わっていることか。


 その後にJV からの連絡事項、注意事項、訓示等があって朝礼は終了する。


 朝礼が終ると各会社にてKY (危険予知)活動をするのだが、野田建設は俺を含めて半数が新規のため、KY をする前に分かれて新規入場者教育の会場の方へと移動した。


 会場などと大袈裟に言ってしまったが、休憩場所の端の方でゼミ机を並べ変えただけの臨時の会場である。

 野田建設の新規入場者は十数人いた。全て丸新興行の所属である。全体では、他の会社も含めると五十人位だった。


 丸新興行の者同士でかたまるようにして左側の一画にそれぞれ座って待っていると、野田建設の担当者である河田さんが現れた。

「今から除染特別教育のカードを渡すので、仕事の時は必ず携帯するように」

 河田さんはそう言って一人一人名前を呼びながらカードを配った。そのカードを見てみると野田建設が除染特別教育を終了したことを証明するというような内容になっている。

『あれ、いつそんな教育を受けたのだろうか?』

 俺が不思議に思っていると河田さんが付け加えて説明した。

「もし除染特別教育を受けたかどうかと訊かれたら、必ず受けましたと答えるように」

「えっ……」

 最初は何を言っているのか分からずにいた。それでもその後の周囲の反応や囁きから、俺にもなんとなく理解することができた。

 要するに特別教育は省略したけれど対外的には終了したことにするということだ。


 河田さんと入れ違いに新規入場者教育の講師が現れた。

 今回の講師はJV の安全衛生管理責任者の有田さんである。後から分かったことだが、有田さんはこのJV の中では所長に次ぐナンバーツーかナンバースリーに位置する実力者だった。数少ないスーパーゼネコンからの出向者なのである。

 JV 職員は多数いるが、ほとんどはその除染事業案件毎に採用された臨時職員だった。


 有田さんはまず自己紹介をした後に、当事業所における規則やルールなどをかいつまんで説明した。

 それは一般的なもの以外にローカルルールのようなものも含んでいた。ただしそれが守られなければ即退場ということも有り得るという。

 折角福島まで来て、そんなことで退場させられたのではかなわない。そんなことを考えていると、突然有田さんが怒りだした。

「この中に何人かスニーカーの者がいるが、どういうつもりでここに来ているんだ」

『ドキッ』

 すぐさま自分の足下を見る。俺は動きやすいという理由でスポーツシューズを履いていた。

 周りを見回すと、俺以外にも何人か同様な人がいる。

「除染作業をするのに安全長靴は当たり前だろう。明日安全長靴を履いていないやつは入場禁止だからな」

 そんな話は正田さんからは何も聞いていない。もし有田さんのいう通りなら、事前に正田さんから何らかのアナウンスがあって然るべきである。

 俺はもやもやとした気持ちを抱えながら、後で正田さんに確認しなければと思った。


 有田さんは安全長靴の件に一区切りつけると、続いて事故防止と安全に関する注意や事故事例の話しを始める。

 中でもバックホウに関する話しが主流を占めていた。

「バックホウの稼働範囲には絶対に入らない」

「どうしても入らないといけない時はグーパー合図でオペに確認すること」などなど。


『バックホウ? グーパー合図?』

 初端から分からない単語の連発だった。いや何となく雰囲気だけは分かるような気はがするのだけれど……。

「斉田さん、バックホウって何ですか?」

 取り敢えず一番気になったことを隣にいた斉田さんに訊ねる。

「ユンボのことだよ」

「ユンボ?」

 俺にはユンボと言われてもバックホウ以上に分からなかった。

「ほら、重機でショベルの付いたのがあるだろ」

「それってショベルカーのことですか」

「まあ、そうとも言うかな」

 俺の子供のころは、働く車ということでショベルカーと呼んでいた。今はそんな洒落た呼び方をするのか。なんだか浦島太郎になったような気分だった。

「じやぁ、グーパー合図って?」

 引き継ぎ訊ねる。

「バックホウに近づく前にパーの合図でオペに確認して、オペがOK ならグーの合図を返すんだ」

「斉田さんは何でもよく知っていますね」

「まあ、一年も除染作業員をやっていたら、それくらいのことは自然と分かるようになるよ」

 そう言うと斉田さんは照れたように微笑んだ。

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