第9話 一人での決断
ついにというか、とうとうというか十月に入ってしまった。次がノープランのまま仕事が終わってしまったのである。
俺はその後も何度も山田さんに電話をしているが、未だに繋がっていない。今でも山田さんを信じていて、これは何かの間違いだと思っている。しかし電話の繋がらない事実だけはいかんともしがたい。
どうしよう。福島行きを諦めるのか? ではこちらに残って仕事はあるのか? あるにはある。日給八千円なら。八千円で今後生活していけるのか? 自分一人だけならできるだろう。しかし家族がいる。人生に失敗した情けない人間だけど、家長としての責任は果たさなければならない。そう、それが自分の存在価値なのだから。
家族からどんなに冷たい視線に晒されても、それさえ果たせれば辛うじて耐えることができる。逆にそれさえ果たせられなければ、そこに自分の居場所は消滅してしまうのだ。家族がどう思うかではなく、自身の後ろめたさのようなものがそうさせるのである。
そんな自問自答をしながら下した結論は、たとえたった一人であっても福島に行って除染作業員になることだった。究極の選択だった。いや俺にはそれしか選択肢がなかったのだ。これからは孤独な戦いとなる。
勿論、体に受ける放射能の影響を考えない訳ではなかった。何年か後に癌を発症するリスクも否定はできない。
だがそれは、将来なるかも知れないがならないかも知れないという不確定なものである。しかし今福島に行かなければ、たちまち家計が破綻するのは目に見えていた。
動機が不純だと言われるかも知れない。勿論、福島の復興に貢献したいという気持ちがない訳でもない。しかしボランティアならいざ知らず、某の賃金を貰ってする以上は、不純だと言われても仕方のないことだろう。
そんなもやもやとしたことを考えながらも、俺は意を決して除染作業員の求人をネットで検索してみた。そうすると少なからずの求人募集が画面に現れた。
日給一万六千円、宿舎無料個室という条件が多い。その中には山田さんが言っていたような胡散臭い会社もあるのかも知れない。その心配はあってもネット情報から見極めるのは不可能だ。
俺はとりあえず、二社にアプローチを試みる。そうすると二社とも必要書類を呈示してきた。履歴書の他、運転免許証や各種資格証のカラーコピーは当然のこととして、健康診断書も要求された。それも一般健康診断と電離則健康診断の二通り。
「電離則?」
今まで耳にしたことのないものだった。分からないことは調べるしかない。ネットで検索すると、電離放射線障害防止規則という法律に基づく健康診断らしい。
そんな聞いたこともないような健康診断を、この近くでしてくれるところはあるのだろうか? それも検索してみる。市内では駅前に新しくできた医療センターだけがヒットした。しかし受診してから診断書発行まで、約二週間かかるという。血液検査を外部委託していることが理由らしい。
困った。アプローチしていた二社の内一社は一週間以内に書類が必要とのこと。何とかすぐにできるところはないかと無駄な足掻きをする。しかし、ネットだけの情報では限界がある。
とりあえず俺はその会社に電話をしてみた。
「すみません。健康診断書について、病院からどうしても二週間前後はかかると言われたのですが、待っていただけたのないでしょうか」
「いや、すぐに出してくれるところはあるはずですよ」
「それが無いから困っているんです。あるのだっら教えて下さい」
俺は『そんなところがあるのだったら言ってみろよ』と言わんばかりに食い下がる。『この地域でそんなところは無いはずだ。ざまあみろ』と心の中で毒づいていた。
「ちょっと待って下さい。他の応募者の健康診断で、その近くでは○○市民病院というのがありますよ」
「えっ?」
意表を突かれてしまった。○○市民病院というのは、隣の市である。車なら二十分位で行ける距離だった。
「本当ですか?」
「とにかくその病院で確認してみて下さい」
結局そう言って突き放されてしまったのである。
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