第8話  想定外

 山田さんが、福島での条件や必要書類について確認をしてくれると言ってから、既に二週間以上が経っていた。もうこの工場で仕事をする期間は残り少なくなっている。


 俺も山田さんに頼りきっていたので、確認することを怠っていた。こちらからあまり催促がましいことを言うのは何となく憚られ、山田さんからの報せを待っていたのだ。しかし、流石に残り一週間となると不安になってきた。


 今日こそは山田さんに確認しなければと決意して会社に行くと、班長の大田君から思わぬ知らせがあった。

「今日は山田さんは休みだ。なんか電車の中で具合が悪くなって、そのまま家に帰ったらしい」

「そうですか。じゃあ今日は三人だけですね」

「いや、尾田ちゃんを呼ぼう。尾田ちゃんなら自転車を飛ばして十五分で来てくれるよ」


 その日は尾田君の公休日である。仕事大好き人間の、いや仕事をすることでの稼ぎ大好き人間である尾田君は、仕事の要請に断ることはなかった。結果、超人的スピードで尾田君は駆けつけてくれた。

 戦力外に近い谷田君を含めての三人では、実質二人半の戦力にしかならない。四人必要なところを二人半では、正直あまりにも負担が大きすぎる。一人半のパワーを持つ尾田君は貴重な戦力だった。

 尾田君様様である。この前のようなことさえなければ。


 翌日から俺は、山田さんが出勤してきたら福島の件を確認しなければと、てぐすねを引いて待っていた。しかし山田さんは相当に具合が悪いのか、連続して休んでいてなかなか実現できなかった。


 残り二日となった日の朝、永田さんが血相を変えて控え室に飛び込んできた。

「誰か山田に金を貸しているやつはいるか?」

 なにか切迫した様子で、大声で叫んでいた。

「俺は二万円ほど貸してますけど」

 なにか解せない表情で大田君が答える。

「もう返ってこないぞ。あいつ飛びやがった」

 あまりにも唐突なことで、俺は何が起こっているのか理解できずにいた。


 永田さんの話をよく聞いて分析した結果、山田さんは複数の人から借金をして行方を眩ましたというのである。

 大田君の他に、同僚二・三人から借金をしていたとのこと。ただしこちらは精々一万円から二万円程度。

 会社からは十万円単位で前借りをしていたらしい。

 ただその程度のことなら、未払いの給料を差し押さえすれば済むことなのにと思う。山田さんにしても逃げて行方を眩ませるメリットはないように思うのだが。


 いずれにしてもあの親切で優しい山田さんが、そんな大それたことをするはずがないと俺は信じていた。何かの間違いだと思い、山田さんに電話をしてみる。しかし、応答はなかった。


 その後俺は山田さんの携帯に何度も電話をしてみた。しかし一度も繋がることはなかった。


 困った。俺の福島行きはどうなるのか? 山田さんを信じて、全てを山田さんに頼りきっていたので、なんの準備も出来ていなかったのだ。あまりにも想定外な出来事である。


 俺は目の前が真っ暗になる思いだった。

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