第4話  炉上生活者

「俺達は炉上生活者だな」

 ある日山田さんが、突然そんなことを言い出した。

「……」

 山田さんが何を言いたいのか分からないままに、俺は沈黙をする。

「そりゃそうだろう。俺達はコークス炉の上で仕事をすることで生計をたているのだからな」

 なるほど、そういう考え方もあるのか。まあ、駄洒落と言ってしまえばそれまでだけど、言い得て妙だと感じた。


 俺達炉上生活者は、総勢で二十人いる。それ以外に現場責任者の永田さんがいるが、この人は炉上には出ない。

 コークス炉は南側と北側に別れていてそれぞれに班があり、更に朝昼の部と昼夜の部に別れるので全部で四班で構成されていた。

 一班当たり五人だが仕事自体は無休なので、四人が仕事をして一人が休むというローテーションを繰り返している。


 俺は朝昼の部に所属していた。朝六時から午後二時まで。休みが班内で調整できない場合は、時間帯の違う昼夜の部から応援をもらうのである。その場合その人は、朝六時から夜十時までの連続勤務になる。


 たまたま山田さんと谷田君の二人が休んだ日に、昼夜の部からリンクが応援にきた。班長の大田君と怪人尾田君とリンクと俺という構成である。


 班長の大田君はまだ二十代半ばながら、しっかりとした好青年だ。男前でもある。結婚はしていないものの彼女がいて、同棲をしているらしい。今時の若者と言える。


 このような工場での現場では、若い班長の下に年配の作業員という構図は当たり前になっていた。


 一方怪人の尾田君は、三十過ぎくらいの年齢で独身だった。風貌も性格も怪人と呼ぶに相応しい。身長は百八十センチ位で、手足が長く細身ながら筋肉質な体型をしている。体脂肪率の極めて低い、いわゆる細マッチョ。頭は剃っていてツルツルで、顔も小さく宇宙人のようなイメージがある。


 いつも仕事で使う直径約二十センチ、長さ約二十メートルの黒い蛇腹状ホースと、それに使う長さ約一メートル半のステンレス製ノズル二本をそれぞれ片手に軽々と持って運んでいた。

 五十を大幅に過ぎた俺では、一本を運ぶのでさえも精一杯なのに。


 それから尾田くんは自転車通勤をしているのだが、たまに自動車を追い抜く勢いで走っていることもあるらしい。


 とは言え、見た目はちょっと怖そうに感じるものの、少し吃りながら意外とお喋りでお茶目なところもある。

 菓子パンが好きで、帰り道に近くのスーパーで十個も買って、晩飯代わりにその日の内に全部食べてしまうことも結構あるらしい。


 新聞配達とこの現場を掛け持ちしていて、朝配達を済ませた後に意味もなく町の中を散歩してから来るのだという。

 そしてその時よく警察官から職務質問受けると不思議そうに言っていた。

「当たり前だ」とつい突っ込みたくなる。

 風貌といい、時間帯といい、挙動といい、誰が見ても不審者そのものにしか見えないはずだ。


 要するに怪人なのである。


 モンゴル人のリンクは、俺がこの仕事を始める前日に現場見学をした時、仕事の仕方というか要するにバキュームノズルの扱い方を丁寧に教えてくれた師匠だった。黙っていると一見無愛想に見える風貌と違って、とても気さくで親切なのである。


 しかし、普段は癖のある日本語で冗談を言って場を和ませてくれているのだが、たまに鬱の時があって、その時はあまり関わりたくないタイプでもあった。


 現在はこの地域に日本人の彼女がいて、意外と尻に敷かれているらしいとの噂だ。

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