企働新卒(きどうしんそつ)セトレイカ

ラムダ

第1話「大学は出たけれど」

桜の花が咲き始めた3月下旬。

進学を控えた希望と、卒業を迎える寂しさに、

どこか街は浮足立っているように見えた。

その高揚と対を成すかのような沈痛な面持ちで、アパートの玄関先で項垂れている一人の少女の姿があった。

「お、終わった…」

封筒から取り出した何らかの書類を両手で握りしめたままで、少女は呟いた。

そのまま膝から崩れ落ちる少女。

「就職全滅…ッ!」

そのままの勢いで両手を地面に付き、大きなため息をしながら俯いた。

「…明日卒業式だってのに…持ち弾ゼロ…。123社も受けたのに、結局無職確定…ッ!」

力なく天を仰ぐ。

天気はこの上なく晴天。

「…ッキシ!!」

スギ花粉も黄砂も全力で舞い踊る季節なのだ。

「漆黒に淀んでいるのは…私ぐらいか…あはは…」

少女は自嘲的な乾いた笑いを響かせながら、仰向けに倒れた。

「………」

何を思いついたのかガバッ、っと勢い良く跳ね起きると、少女は玄関先から部屋に戻る。

そして卓上に放り出されていたスマートフォンを引っ掴むと、一心不乱に操作に熱中し出した。

『就職先決まらないまま明日大学卒業するけど質問ある?』

少女はとりあえず5ちゃんねるにスレを立てて少し落ち着いたのか、自身のTwitterを開いた。

ユーザー名は「レイカ」。

『無職で既卒確定😂』

最悪な状況の割に、絵文字まで使って余裕ぶった書き込みをしてみせるレイカ。

しかし…Twitterで笑って心で泣く…

「ううぅ…」

布団に突っ伏し、レイカは枕を濡らした…。


…それからどれくらい時間が経過しただろうか。

夕日がその身を包んでいることから、3~4時間は眠ってしまったのであろうか。

レイカは明日からの自分の身の振り方をどうしようか…ということを思い出したが、とにかくここは『三十六計寝逃げるに如かず』。

「もう、なるようにしかないよ…」

全てを諦めたレイカ。

まどろんだ逃避全開の頭では、スマホにTwitterのメンションが届いた通知を聞き逃すのも無理のないことであった…


-時間は無常に流れ、翌日。

「うう…嫌だ嫌だ…既卒無職だなんて…スリザリンより嫌だよ…」

作者が権利関係を気にしてしまう余計なことを呟くと、頑なに布団から出ようとしないレイカ。

その時、メンションが届いているスマホが目に入る。

「…人生で一番惨めな私に届いてるメンションってなんだろうかいね…」

通知からアプリが起動する。

そこに届いていたメッセージ。それは

【職を得て学校を卒業したいのであれば、私のもとへ来なさい】

という怪しさ極まりないものであった。

「…なんじゃこら。スパムか…」

そういえばレイカは、5ちゃんにスレ立てしたことを思い出した。

「あっちはどうせクソみたいな底辺衆がゴミ以下の煽りレスを書いてるだろう…」

勢いでスレを立てたことを軽く後悔しつつ、しかしこの若さゆえにたぎる好奇心はだれにも止められない。思い切ってスレをチェックした。

…案の定多くの煽りやマウンティングしたいだけの中身の無いレスばかりであったが、唯一目を引かれる書き込みがあった。

それは…

【職を得て学校を卒業したいのであれば、私のもとへ来なさい】

「…!?」

メンションとまったく同じ文面の書き込みである。

レイカは怖気がした。

「だ…誰かに監視されている!!!?」

自意識過剰なレイカは、自身がぴちぴちなボディとクレオパトラのようなフェイスをしているせいで、ストーカー被害にでも出くわしてしまったのね…罪な女…と軽く倒錯した。

いや、これも勿論「現実逃避」である。

…しかし、だ。

レイカが唐突に立てたスレッドと、レイカの個人Twitterにメンションを送れる人物とはいったい何者なのであろうか。

好奇心と現実逃避心が、ムッキュムキュと腐海のムシゴヤシの如く天元突破する。

「メンション…返して…みる…か…」

普通の神経であればこんな気持ちの悪いメンションに返信をしないと思うのだが、今日の高揚感は常軌を逸している。

とにかく少しでも卒業式を忘れたかった。

…現在午前9時。あと3時間で式が始まるのだが…

「なんて返信すればいいんだろ…」

返信するにしても、何を書けばいいか即座に浮かばない。

そしてスマホとにらめっこを3分も続けていたが、その沈黙を破る新たな通知音が鳴り響く。

メンションを送ってきた者からの追加送信だ。

【午後1時に学食にて待つ-赤い服の女より】

「うごごご…」

やっぱりストーカーなのか!?

というか…午後1時じゃまだ卒業式の真っただ中だし…(12~2時まで式)

そもそもが行けないわな…

レイカの脳は概ねそんなことを考え、この奇妙な女性のDMを頭から排除した。


「はぁ…」

早咲きの桜舞い散る通学路を、ゆったりと大学に向かうレイカ。

その足取りが重いのは、勿論、就職先が決まっていないからである。

「あ…レイカ…ちゃん?」

レイカの後ろから声が聞こえる。

そこには、ショートヘアのレイカとは対照的に、腰まで髪のある少女がそこには立っていた。

「あ…ナナミ…」

声をかけた主はナナミ。

レイカと違って、就職先も決まっている順風満帆な女学生である。

レイカは気まずそうな顔を見せている。

それもそうだ。

自分は就職が決まっているのに、目の前に卒業後の進路が何も決まっていない同級生がいるのである。

これが気まずく無くて何が気まずいだろうか。

「…さ、先に行くね!」

気まずさが臨海突破してチェレンコフ光が見えてしまったのか、ナナミはその場からダッシュ四駆郎して駆け去ってしまった。

「ふへへ…そりゃま…私のような未来が不確定なアウトローには顔を合わせ辛いわな…」

…レイカもその感情を察し、力なく自嘲した。


江南商科大学。

それがレイカの母校である。

県下最低の偏差値を誇り、予備校の評価では万年Fランクのレッテルを貼られている史上最低の大学だ。

そんな底辺大学(※この物語はフィクションであり、実在の大学とは微粒子レベルも関係ないのじゃ~)だが、なぜか学長は世界有数の大金持ちなのである。

泣く子も黙る「紐皮B次郎」そう、その人なのだ。

有り余る資産を、道楽か表面的な慈善活動でのイメージアップか何かとして、

この大学の運営に溶かしているのである。

レイカは大学の講堂に腰掛け、式の開始を待っていた。

「…はぁ」

思わずため息をつくレイカ。

「金持ち野郎の鼻に付く演説なんて全く聴きたくないんだけどなあ…」

本音が駄々洩れのレイカ。素直な良い子である。就職先は無いが。

さて、そして式が始まる…


「……」

式が始まって1時間ほどが経過しただろうか。

レイカは講堂の中ではなく、外のベンチに腰かけていた。

「無理じゃあああああああああああああああああ!!!!!!!」

某海賊漫画の主人公のように立ち上がって両腕を上げながら叫びをあげる。

「…あの成金野郎の与太話、本気で吐き気がしてくるわ……」

レイカは憔悴した顔でその場に突っ伏す。

そして思い出す…学長の成金マウンティングトークを…


「ワシはなぁ!週刊誌に女子高生と淫行したとか書かれとるがなぁ!

 一回もバレて逮捕されたことがないんじゃああああああああ!!!!!!」

紐皮B次郎の謎の絶叫に沈みかえる講堂内。

「そんなワシはあああああ日本5位の資産を有しておるゥ!!!」

ダンッ!と机を叩く。

「そんなワシの次元まで、お前たちのような下賤な者どもが上がってこれるわけがないとよう知っておる!何しろ自分の経営しとる大学なんだからなあ!!」

明らかに見下げ果てた汚らしい笑いを見せる。

「…クックック…だがしかぁし!!!」

バッ!っと右手を差し出すB次郎。

「卒業式という目出度い場だからな!今日だけは上流階級のワシと握手してええんやで!!?」

B次郎の発言に呆気にとられるレイカ。

その刹那、地響きのような振動に包まれる。

なんと周囲に座っていた生徒たちがB次郎の元へと、教祖にすがる宗教信者の如く、握手を求めて講堂の壇上へと殺到したのであった。

「…は?」

レイカは理解できなかった。

何故なら、さっきまで散々上から目線で私たち生徒を愚弄していた…言わば「敵」に対して、自ら進んで握手を求めに行くなどと…

「こ、こいつら…さすがFラン大学の生徒だけのことはある…」

自分がそのFラン大学の生徒であることを棚に上げて、彼らの批判を呟いた。

レイカは重苦しい顔で俯いていたが、スッ、と立ち上がると、壇上の学長とは正反対の出口を思い切り跳ね開け(危険)、その場を後にした…


…そしてベンチに座っているという今に至る。

「あー本当、高校時代にもっと勉強してもうちょっとマシな大学に行くべきだったわ…」

レイカは誰にともなく呟いた。

そして何の気なしにスマホを取り出す。

「まだ13:00か…かなり時間空いたな…」

はぁ、とため息を一つ。そしてハッ、と何かに気付く。

「…あれ?そういえば13:00…午後1時…あっ!」

そう、思い出してしまった。

メンションで送られてきた怪しげなメッセージ…

【午後1時に学食にて待つ-赤い服の女より】

「忘れていれば何の悩みもなかったのに…思い出しちゃうんだもんなあ…」

ラムダは卒業式を途中退席して、暇な自分の現状を後悔し始めていた。

「…しかしまぁ、する事もないし…」

ベンチからゆっくりとした動きでおもむろに立ち上がる。

「何しろ、私にストーカーがいるんであれば、在学中にケリをつけたい!」

レイカはテンションが上がったのか、学生食堂までサイボーグ009の島村ジョーの如く突っ走っていった。


…学生食堂。

明日からはレイカにとって、もう必要がないはずの施設(卒業するから)。

皆卒業式出席しているからか、利用者は非常に少なかった。

だから…

すぐに…分かってしまった…。

【赤い服の女】

深紅のフレームのグラサンをして、本当に真っ赤











































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企働新卒(きどうしんそつ)セトレイカ ラムダ @katoriinu2

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