第33話黄金色の穏やかな最後を

フリージアはその後、城へと戻った。


 ものすごい騒ぎになっていたが、フリージアは「どうでもいい」という態度をつきとおした。事態は徐々に収束していき、フリージアがどこにいっていたか何をしてきたかは結局は誰もわからないままとなった。


 俺は、一度だけテサレシスと話す機会を得た。


 フリージアになんであんなことをしたのかと問いたかったのだ。

 王は「必要なことだ」と答えた。


「フリージアには欲がない。だが、次の聖王もそうだとは限らない。あくまで聖王は一代限りの王だ。私は、王族として国や民衆を乱れさせる種を残すことは出来ないのだよ」


「それでも、もっと別の方法が……」


「あったとしても、これ以上に確実な方法ではなかった」


 王との会話は、それで終わった。

 ほとんど、フリージアが言っていたことと変わらない返答しかもらえなかった。それでも、身内を辛い思いをさせてまでも民衆の未来を守ろうとしたテサレシスはもしかしたら良い王であったのかもしれない。


そう思えるぐらいには、テサレシスは立派に王の務めを果たしていた。ただ彼は冷淡というか、思考回路が極端になりやすいところがあるらしい。


 前王に恐れられた、というのもそこらへんなのだろう。


 俺の考えは当たっていて、テサレシスがなにか非道なことをやろうとするたびにフリージアは睨みを利かせる羽目になった。お飾りと言われているが、アレでけっこうテサレシスを止める役割は担っていると思う。


 そして、その役割はフリージアが死ぬまで続くことになった。


 フリージアは、五十歳まで生きることができた。この国の平均寿命から考えれば、それは上々の寿命で、なかなかの人生であったと俺は思うことにしている。竜の寿命と比べれば短いものだが、それは致し方ないだろう。


 リッツは、ルシャに何百回とプロポーズをして四十の手前になるぐらいでようやく結婚した。ルフではありえないぐらいの晩婚であり、二人の間に子供は生まれなかった。二人が幸せであったかどうかは、俺は聞かなかった。ずるい事に、俺は二人のよき友人でありたかったからだ。あと、何となく聞くのが恥ずかしかった。


 俺は、フリージアよりも長く生きることになった。


 フリージアの一生は引きこもり生活だったし、やっぱり若い頃の運動が長生きの秘訣なのかもしれない。俺もフリージアも、いろいろあったからずっと側にいるということは叶わなかった。それでも、彼の最後を看取ったのは俺だった。


 穏やかな最後だった。


 痛みも苦痛もある人生だったが、それでもフリージアはいつでも金色の煌きをまとっていた。その煌きは、彼の周りの穏やかにしていた。人間から戦争を取り上げるという大きな目標は叶わなかったが、フリージアの周囲だけではそれは叶っていたと思う。


 フリージアは、最後に俺の腕輪を壊した。


 ルシャが作った、俺の両親の形見の剣で作られた腕輪。


 今となっては、あの腕輪がなんであったのかを推察することしかできない。だが、もしかしたら腕輪は金竜の骨の一部だったのではないだろうかと思う。


 だから、フリージアは最後に壊したのだ。

 種明かしとして。


 壊れた腕輪はきらきらと輝いていて、フリージアは微笑みながら壊した腕輪の破片を見ていた。星の破片が地上に落ちてきたかのような光景を見ながら、フリージアは静かに逝った。


 あの腕輪は、もしかしたら金竜の骨で作った魔法道具だったのかもしれない。


 だとしたら、お笑い種だ。


 あの山の上で、あの場で、実はフリージアだけが俺を信じていなかったのだから。金竜が作りだした魔法道具は、きっと長い時のなかで人間に削り取られて壊れていたのだ。


 だが、今ではそれに少し安堵する自分がいる。


 あの時自分が何をしても、結局はここにたどり着いたことへの安堵感だ。


 俺は、今年で五十一歳になる。

 もうとっくに聖騎士は引退して、この国の平均寿命さえも超えてしまった。若いときに得たはずの頑強な足腰も体力もなく、今はもう国と人々の行く末を見守っていくだけの存在である。もう失うものはほとんどなくて、失ったもののほうが多い。


 それでも――やはり彼とすべての人間を天秤にかけることなど出来ないであろう。


 あのとき、あの山の頂上にもう一度戻ったとしても俺は魔法を発動させない。だって、あの日に戻れば、俺を信じているフリージアにリッテ、ルシュがいるのだから。

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聖者の半分 落花生 @rakkasei

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