第一話:帰還


「やあやあ、お帰り。三人とも」


 そう言って、魔術師協会側に帰ってきた三人を出迎えたのは、魔術師協会の中でもそれなりに発言権を持つ人物である。

 だが、いきなりの出迎えに、クウリは戸惑い、マナは無表情でスルーし、ナツは苦笑した。


「あれ、無視?」

「いや、彼らにはどう反応していいのか、分からないんですよ」


 「仮にも貴方は、お偉いさんに入るんですから、もう少し自覚してください」と、隣の秘書みたいな人に言われつつ、「そっかぁ」と返す出迎え人。


「ま、いいや。どうせ報告に行くんでしょ? 僕も一緒に行っていい?」

「……ご自由にどうぞ。まあ、私たちに拒否権はありませんが」


 マナが返答をする。

 こういう時の対応は、本来なら最年長であるクウリがするべきなのだろうが、彼には出迎え人が誰なのか分からない上、ナツはマナに視線で一任すると告げたので、マナが答えたのである。


「じゃあ、一緒に行こうか。レターズのお偉いさんたちも居るだろうし」


 そう言って、歩き始めるのだが――


「あれ、私たちが協会ここの後で、あちらに向かうことになっていませんでしたっけ?」

「そうなんだけど、君たちにしてみれば二度手間だし、彼もいろいろと疲れているだろうから、という配慮だね」


 マナの問いに、出迎え人が答える。

 それを聞き、クウリもようやく、自分が肉体面・精神面共に疲れていることを理解した。


「正直、僕としては、そこまでの配慮が出来ているのなら、報告は明日にさせればいいのに、って思うけどね」


 マナとナツもクウリを迎えに行き、馬車なども利用したとはいえ、魔術師協会まで連れてきたのだ。

 遠回しに二人も休ませるべきだろうに、と告げる出迎え人に、それを察したマナが「お気遣い、ありがとうございます」と返す。

 何かを察することは、マナの方がナツよりも少しばかり早い方なのだ。


「それじゃ、この先では僕もあまり口出しできないから、頑張って」

「はい」


 返事をしつつ、目的地の扉をマナがノックする。


「魔術師協会所属、マナとナツです。任務遂行致しましたので、帰還と任務の報告に参りました」

「入れ」


 中からの声に、マナは戸を開いて入れば、ナツもそれに続く。

 クウリも続いて中に入ろうとするのだが、中に居た者たちの視線が一斉に彼へと向けられる。

 そのせいで少しばかり緊張したものの、自分は当事者だと思いながら、クウリは足を進める。


「さて、君がクウリ君か」

「はい」


 部屋の中央に居た人物に尋ねられたので、肯定する。


「二人も、任務ご苦労だった」

「はい」


 ナツが頷き、マナは会釈で返す。


「それで、状況はどうだった」

「どうもこうもありませんよ。いきなり出てきた煙に、火事か何かだと勘違いして、この人を放置して一斉に逃げ出したんですから」


 ナツがそう報告する。


「その後、少し騒がしくなったようですが、追ってくる気配はありませんでした。ただ、今回の騒動を引き起こし、裁判を中断させただけではなく、彼の脱走を手伝い、その上隠匿いんとくしたと因縁を付け、かなりの金額を要求してくると思われます」

「無いとは言い切れんな」


 マナの報告とこれからについてを聞き、はぁ、とどこか頭が痛そうに溜め息を吐く部屋の主を筆頭とする、この件に関わる上層部の者たち。


「まあ、金銭関係については、お前たちは心配するな。それは私たちの仕事だ」

「分かっています」


 中央にいた人物の言葉に、マナが頷く。

 クウリたちは、仮にも『レターズ』と『魔術師協会』という組織の一員なのだ。裁判や金銭のやり取りなどという難しいことは上層部に任せておくべきなのだろう。


「さて、これからのことだが、君たち姉妹はいつも通りに配達護衛業務をすること。クウリ君は少しの間、外に出すわけにはいかないから、窮屈だろうが向こうから接触しなくなるまでは、レターズ内で仕分けとかの業務をするということでいいかな?」

「了解しました」

「はい」

「分かりました」


 とりあえず、現時点から見た今後の指示に、三人は頷く。


「ま、別に職員専用の食堂では会えるから、大丈夫じゃないかな」


 出迎え人の言葉に、「そうですねぇ」とナツが苦笑して返す。

 それに一般人も使える食堂ではなく、職員専用ということは、遠回しに「職員以外は使わないから、そっちを使え」と言いたいらしい。

 どうやら、クウリたち三人が知り合いということを知ったのか、知っていたのかは不明だが、彼に気を使わせてしまったらしい。


「他にご用が無ければ、私たちは退席させていただきますが」

「いや、今はもう特に無いだろう」


 居合わせた面々の様子を確認した部屋の主が、マナたちに退出の許可を出す。


「それでは、失礼します」


 そう言って頭を下げたマナに、ナツも頭を下げ、ドアへと向かおうとするが、自分はどうするべきか迷っていたクウリに、「ほら、一緒に行くよ」と彼女が有無を言わせずに手を引いていく。


「こらこら。クウリ君まで勝手に連れて行かない」

「……彼個人に話でも?」

「単に渡したいものがあるだけだよ。君たちも聞いているだろ? 配達人たちも入れ替わりがあるからね。新しい部屋の鍵だよ」


 そんな説明の後に鍵が差し出されたので、クウリも戸惑いながら受け取るのだが――


「あの、今まで使っていた部屋は……」

「うん? 今までの部屋にあった荷物は、基本的にそのままにしてはあるが、なるべく早めに移動させてもらえると助かるかな。そこの二人をこき使っても構わないから」

「言ってくれますね。協会長様。せっかくだし、貴方も手伝いません? 配達人たちの寮がどんな感じなのか、知っておくべきでは?」


 ナツが来るのが遅いと思ったのか、先に部屋を出たはずのマナが口を挟む。


「いや、無理だよ。仕事忙しいし」


 言い訳じみた部屋の主こと協会長の言葉に、「そうですか」と返しただけで、再度部屋を出ていくマナ。


「な、ナツさん?」

「私は知りませんよ?」


 助けを求めるかのような協会長に、バッサリと切り捨てるナツ。

 先程までの長としての雰囲気はどこへやら。一気に頼りなく見えてしまう。


「あぁもう、出費が……」

「協会長。僕も手伝いませんからね?」

「知ってるよ! そもそも、お前の手を借りるつもりはない!!」


 そのまま喚き出す協会長に、クウリたちを出迎えた人が宥めるという光景が、少しばかり繰り広げられた。

 そして――


「こうなると長いですから、行きますよ」

「え? けど……」

「姉さんを待たせてますから」


 自分たちの上司たち(が繰り広げている光景)を放置して、ナツがクウリに退室を促す。


「それでは、今度こそ失礼します」


 軽く頭を下げ、ナツはクウリを部屋から連れ出すであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔術師と配達人 Zero First~未来へと続く、最初の物語 【第一部ーⅠ】 夕闇 夜桜 @11011700

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ