英雄戦争

 その性質上、夜は進軍を止めねばならない蟲人達は、見た。

 小癪な精霊の結界の中から出てくる、人間の群れを。

 弱弱しき、唾棄すべきはずの人間達。

 だというのに……だというのに、何なのだアレは。


「アレは……本当に、人間か?」


 簡単に蹂躙され逃げ惑う人間達。グレートウォールによる分断前の人間しか知らない蟲人達は、出てきた人間達を見て戸惑う。

 自分達を見ても多少の驚きの表情こそ見せるものの、戦意に満ちた人間達。

 

 あるいは、猛々しき獣に乗った人間。

 あるいは、激しい戦意を滾らせる軍馬に乗った人間。

 ゴーレムらしきものの姿や、明らかに人間ではない何かを従えている人間も居る。

 そして人間達の全てが、只者ではありえない力を秘めていることが分かる。

 

 蟲人達の知っている「人間」ではない。

 単体で見ても人間の英雄かと思うような彼等の、けれどその先頭。

 そこに立つ男の存在が、彼等が英雄であるという間違いを蟲人達におこさせない。


「聞け!」


 その先頭に立つ人間が、剣を抜き叫ぶ。


「俺は人間の英雄セイル! そして人間の国家ガイアード王国の王! 黒き意思に侵されし蟲人の英雄よ! お前に英雄としての誇りがあるならば、前に出てきて名乗るがいい!」


 その挑発ともとれる名乗りに、蟲人達は自分の王にして英雄へと振り返る。

 最後尾にて悠々と輿に乗った彼は……くだらぬとでも言うかのように身体を動かすと、それでも羽根を広げ飛び立つ。

 雄々しき姿。黒に覆われし身体は、まるで歴戦の重戦士のよう。

 兜のような頭部に生えた巨大な角は、何もかもを貫くかに思える。

 アーク同様カブトムシの蟲人と思われる蟲人の英雄は、セイルに負けない声量で叫ぶ。


「我は蟲人の英雄にして蟲人の国、サウザール王国の王スレイタス! 人間の英雄セイルよ、いつの間にそれだけの手数をこの大陸に入れたかは知らぬ、聞かぬ! だが、その全ては無駄と知るがいい!」

「それはどうかな、スレイタス! 俺はお前に勝つ! その過程でお前が正気を取り戻せば良し、そうでないならば……すでに覚悟は完了している!」


 お前を殺す。

 あまりにも明確なその宣言に、スレイタスは笑う。


「出来るものならやってみるがいい! お前達を蹂躙し、そのままお前の国に攻め込んでくれよう!」

「ならば、後はもう語るべきこともない!」

「ああ。あとは結末が全てを物語るだろう!」


 それが、合図。


「ガイアード王国軍、前進!」

「蟲人の戦士達よ、思うままにやるがいい!」


 ガイアード王国軍として編成された仲間達が武器を構え、羽根持つ蟲人達が空へと舞い上がり持たぬ蟲人達が走り出す。

 ……そして、セイルの号令が響く。


「弓隊、魔法隊、魔導銃隊……構え!」


 飛来する蟲人達を待ち構え……地を走る蟲人達を超える速度で迫る彼等が充分に近づいたと感じたその瞬間に、叫ぶ。


「放てえええええ!」


 まず放たれるのは魔法。空戦蟲人達の放つ電撃がその大部分を相殺するが、続けて放たれた魔導銃の射撃の嵐が空戦蟲人達の装甲に命中していく。

 それだけではない。遅れて飛来するのは無数の矢。鉄の矢はある程度弾いても、その中に混ざる鋼鉄やミスリルの矢、あるいはそれとも違う未知の矢が空戦蟲人達にダメージを与えていく。


「くっ……飛ぶのは拙い! 地上へ!」


 空戦蟲人達の隊長が叫び、空戦蟲人達は降下していくが……それは悪手だ。

 すぐ近くまで来ている陸戦蟲人達と合流し乱戦になれば、確かに砲撃は防げる。

 だが、それでも。それでもまだ、セイル達を……人間達を舐めている。


「騎兵隊、突撃! 重装兵隊は盾構え! 槍兵隊と合わせ、前進! 剣兵隊、そして各々の戦士達よ! ここからが本番だ……突撃ィ!」


 叫ぶ。怒涛のような咆哮が響く。

 獣に乗った、あるいは馬に乗った騎兵達が走る。その機動力を生かし、空戦蟲人達へと突貫していく。


「おのれ……馬鹿にするなよ!」


 空戦蟲人達の放つ電撃が騎兵を吹き飛ばすが、それでも勢いは止まらない。

 すぐに始まった乱戦の中で電撃は封じられ、未知の強力な武器を持った者が混ざっている事が蟲人達の神経を削っていく。

 合流した陸戦蟲人達も、この状況では電撃で蹴散らす事も出来ない。


「あいつだ! あの英雄を殺せばいい!」

「くそ……何処だ!」

「さあ……何処かしらね?」


 いつの間にか蟲人の背後に回っていたウルザの短剣が、蟲人の装甲の隙間の関節を断ち切る。

 ただその一撃で絶命した仲間に驚き、他の蟲人がウルザを殺そうとするも、闇を纏ったウルザの姿はすでに其処にはない。

 それでも探そうとした蟲人達を、乱戦の中に突っ込んできていた錬金術師のゴーレムが薙ぎ払う。


「見つけたぞ、人間……!」

「殺せえ!」


 その中に突っ込んでいたセイル達は、蟲人達に捕捉され囲まれるが……その3人のうちの1人、ユーノが「あとは、お願いします」と呟く。


「……生き残れよ、ユーノ」


 そのセイルの言葉に、ユーノは小さく頷き……祈るように、手をぎゅっと握る。


「アガーテ……来て! 私を、助けて!」


 その祈りに応えるかのように、ユーノを中心に幾何学模様で描かれた魔法陣が出現し……中から現れた異形が、ユーノを抱きかかえ顕現する。

 

 そう、それは間違いなく異形。人間という形を歪にして色々な生き物を混ぜ込めばこうなるかといったような、そんな姿。

 正義か悪かでいえば間違いなく悪に分類されるソレが……悪魔アガーテが、ニチャリと哂う。

 爆炎が蟲人達を吹き飛ばし、手の中のユーノを愛おしそうに撫でる。


「いいとも、ユーノ。我が巫女、我が愛し子よ。お前の為なら、なんでも叶えようじゃないか」


 そうして、悪魔アガーテはユーノを抱え暴れ始める。

 蟲人の戦闘要員相手にアガーテがどの程度耐えられるのかは分からない。

 だが、この混乱の隙にセイルとアミルはこの奥にいるのであろうスレイタスに向かって走り出していた。

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