始まりの咆哮

「まさか、これほどまでの……」

「は、はは! はははははっ!」


 絶句した様子のノージェングとは違い、シングラティオは耐え切れないといった様子で笑う。


「すげえなセイル……すげえぞ! まさかこんな力を隠してもってやがったとは! なあ、どうなってんだコレ! どいつもこいつも人間にしちゃあ、それなり以上の力を持ってやがる! お前の腰にくっついてるそのガキも、人間の中じゃ英雄って呼んでも遜色のねえ力を感じるぜ!?」

「そうだな」


 事実、この中でユーノは相当に強い。

 悪魔アガーテを召喚するユーノは、召喚時にアガーテに「守られる」事でその能力値が一時的に跳ね上がるユニットになっている。

 ゲームの時は時間制限つきだったが……敵として登場していた時にはそんな「味方時の制限」などなかった。

 となると、現実となった今は制限時間などあるかどうかは分からない。


「お前の言う通りユーノは……強い」

「だろうな! なあガキ! お前何隠してやがる! 何かあるだろう!」

「セイルさん、この人怖いです……呼んでも、いいですか?」

「今はやめておけ。シングラティオ、そういうのは後にしてくれ」

「チッ」


 渋々といった様子で引くシングラティオだが、居並ぶ面子をじろじろと眺め回した後、やはりその視線はユーノへと戻ってくる。


「……単純に強さだけなら、あっちに並んでる方が強そうなんだがな。何かある……」

「シングラティオ、後にしてくれと言っただろう」


 溜息を一つついて、セイルは再び最初の姿に戻っていたノージェングへと視線を向ける。


「どうだ、ノージェング」

「……確かに、貴方が私の予想を超える英雄であったことは認めましょう」

「そうか、有難い」

「ですが、私から出す条件は最初の通り。蟲人達を、見事退けてみなさい」

「ああ、そうしよう」


 そう宣言して、セイルは並ぶ仲間達の前に立つ。

 英雄王。なるほど、言い得て妙だとセイルは思う。

 カオスディスティニーにおいても、セイルは主人公ではあるがロールプレイングゲームのような「勇者」の類ではなかった。


 あくまでその能力は星3から星4ユニット相当であり、大体真ん中付近といった程度だっただろう。

 星3ユニットよりは強いが、星4ユニット程ではない。そういった感じだった。

 弱点もなく、その代わり強みもなく。単騎無双できるようなユニットではなかったのだ。

 仲間を集め、その仲間を強化し、統率する。

 セイルとはカオスディスティニーにおいてはそういうユニットであり、それは今も変わらない。

 此処に集ってくれた数多の仲間達を統率し、共に戦う者。それがセイルという英雄の本質なのだ。


「……皆。突然この場に集められて混乱している事だろう」


 仲間達を前に、セイルはまず宣言する。

 そう、この場に集められた「ガチャから召喚されたばかりのユニット」達は、カオスディスティニー世界の記憶らしきものを断片的に持ってはいるが、この世界について知っているわけではない。

 いわば、異世界召喚されたばかりなのだ。それぞれに思うところがあるだろうことも、セイルには理解できている。

 王国、帝国……そしてそれ以外の、立場も所属も違う者達。

 けれど今は、共に戦って貰わなければならないのだ。


「まず最初に言いたいのは、今は何も聞かずに俺と共に戦ってほしいということだ」


 その言葉に、集められた仲間達からザワザワと声が響き始める。

 それは困惑、あるいは肯定……いろいろな感情が混ざったものだ。


「今、この世界は危機に瀕している。邪悪な力を持つ神が俺達人間とは違う種族を国ごと操り、世界に混乱をもたらそうとしている」


 獣人、人間……まず滅ぼされるのはこの辺りだろうが、それで済むとは思えない。

 黒の月神が何処まで考えているかは分からないが、ドワーフや他の種族への襲撃を考えていたとしてもおかしくはない。

 そうなる前に新たなグレートウォールが世界を分断するのかもしれない。

 今度はもっと細かく……それこそ種族ごとに隔離し、黒の月神の影響を断つのかもしれない。

 だがそれは、問題の先送りでしかない。


「……戦わなければいけない」


 だから、セイルは静かにそう宣言する。


「人間の全てを、その尊厳を、その力を、その意思を! 全てをもって黒き意思に対抗しなければならない! 俺達人間は戦えるのだと世界に、神々に示さねばならない!」


 最弱の種族である人間。

 それはきっと変わらないのだろう。だがそうだとしても、個体としては弱くても。

 集った時に最弱であるとは限らない。


「どうか俺を助けてほしい! 俺の、ガイアード王国の旗の下で戦ってほしい! 俺も命をかけよう、先頭で戦おう! これは……人間の意地を神々へと示す為の聖戦だ!」


 ざわついていた彼等は……僅かな静寂の後に、一斉に歓声をあげ沸きあがる。

 これは扇動だ。紛れもない扇動だ。

 耳障りの良い言葉ばかりを並べ、死地へと導く死神の如き所業。

 だが、それでも。その言葉に嘘は無い。

 これだけの数が居ても間違いなく最大戦力であるセイルは……真正面から突っ込み、蟲人の英雄と戦う事になる。


「さあ、神よ……月神達よ! 貴方達が望んだ変化を……今こそ、英雄譚を紡いでみせよう! ここから、全てが変わる……変えてみせる!」


 だから、神々よご照覧あれ。

 これより紡ぐは偽りより始まりし英雄譚。

 世界を混乱に導く黒き神の企みを打ち砕くべく進む者達の命輝く戦いの時。

 無数の輝きが消え、あるいは強く輝くだろう。


 だからこそ、神々よご照覧あれ。

 これより始まるは最も新しき英雄達の物語。

 地上で足掻き苦しむ者達の描く、本当の英雄譚。


 貴方達の創りし英雄達が……命をかけて紡ぐ、始まりの咆哮なのだ。

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