花咲かぬ国

 進む。花咲かぬ花園を、鳥飛ばぬ空の下を。命の気配というものが希薄な空間はいるだけで不安な心が湧き出し、コトリはその不安を隠し切れない表情でセイルの腕に絡みついている。


「セイル様……なんか此処、凄く変です」

「ああ、分かっている」


 変といえば何もかもが変だ。季節感を無視した花々も、そのくせ一つとして咲いていないそれらも。

 晴れているのにどことなく濁った空の色も。けれど、どれも強烈な違和感の一部でしかないとセイルには思えた。

 何か……もっと何か、おかしな箇所がある。そう感じられたのだ。


「生き物が居ないわね、此処」

「……なるほどな」

「ああ、確かにいねえな! ハハッ、どうでも良すぎて気付かなかったぜ!」


 ウルザの言葉にセイルとシングラティオはそれぞれの反応を返すが……そう、ウルザの言う通り、この場所には生き物が存在しない。

 鳥も、兎も、蝶も……何もかもがだ。それが強烈な違和感として存在していた事を、セイルは今更ながらに理解する。


「だが、どういうことだ? 生き物が存在しない場所など有り得ないだろう」


 それが自然の理というものだが、シングラティオはそんなセイルの言葉を鼻で笑い飛ばす。


「ハッ、それがこの精霊共の国ってことだよ」


 言いながらシングラティオは、つまらなそうに唾を吐き捨てる。


「言っただろう? 生きてんだか死んでんだか分からねえってよ。この国は今の連中そのものだ。まともな『生』なんてものは存在しねえ。連中の魔力が、生と死の境界をこの結界内に顕現させてやがるんだ」

「……世界を変えるほどの魔力、というわけか」

「そこまで大したものじゃねえ。結界内だけが異空間ってことだ」


 シングラティオの言葉を噛み締めるようにしながら、セイルは再び歩き出す。

 そんな状態であるのならば、言葉など届くかどうかは分からない。

 月神の依頼で来たなどと言ったところで、どの程度効果があるものか。

 いや、それよりも……人間自体を敵をみなしはしないだろうか?

 今自分達が此処にいるのは精霊にとって、あまりにも厚かましい事なのではないだろうか。


 だが、たとえそうだとしても精霊の協力は必要だろう。

 精霊の力を借りない方法となると1つしか思い浮かばず、セイルは横を歩くシングラティオにチラリと視線を向ける。


「んだよ、何か用か」

「今回の件、魔族はどの程度力を貸してくれるのかと思ってな。精霊の力を無理に借りずとも、魔族の軍の力を借りる事が出来れば」

「ああ、そりゃ無理だ」

「……何故だ?」


 英雄であるシングラティオが一言言えば、必ずではなくても可能性はあるのではないだろうか。

 そう考えて聞き返すセイルに、シングラティオは「俺が何か言って聞く連中じゃねえよ」と返す。


「魔族ってのは個人主義者の集まりだ。国なんて形になってるのが奇跡なくらいでな、基本的に気乗りしねえなら何もしねえ。で、今は巨人連中と遊んでる最中だからな。わざわざ抜けて蟲人とやり合おうって連中はいねえだろうよ」

「だが、銀の月神の要請なんだろう?」

「全員が月神の声を受け取れるわけじゃねえ。ついでに言えば受け取れたから言う事聞くかっつーと、そいつも別だ。俺だってセイル、お前が居るっつーから来ただけだ」


 随分と高く買われているな、と思いながらもセイルは頷く。

 どうやら魔族の力をこれ以上借りる事は不可能であるらしい。

 ならば、やはり精霊の力を借りるしかないが……。


「……ここはひとつ、自助努力というものもしてみるか」

「へ?」

「コトリ、ちょっとどいていろ」


 コトリの腕を自分の腕から外すと、セイルは懐から白いカードを取り出す。

 それは白の月神が夢に出てきた後、セイルが所持していたもの。その使い方は……すでに、頭の中にあった。


「人間の英雄セイルの名の下に、要請する」


―アップデートカードは、人間の英雄の要請を受諾します。これよりキングオーブ02が本来貴方に託すべきであった力を譲渡致します―


 響いた言葉と共に、カードは白い光を放ち……その全てが、セイルに吸収されていく。

 同時にセイルの中に浮かぶのは、「アップデート」された能力の内容。どう使えばいいのかが、頭の中に最初からあったかのように書き込まれていく。


「く……!」

「セイル!」

「セイル様!」


 脳が焼けるような感覚によろけたセイルにウルザとコトリが駆け寄り支え、シングラティオはセイルの手の中にあるカードに興味深げな視線を向ける。


「……結構な魔力が放出されたな。少し驚いたが……そいつで何が変わったんだ?」

「すぐに分かるさ」


 言いながら、セイルはカオスゲートを取り出す。

 展開されるメニュー画面には……増えた項目がある。


「これは……副官設定……?」

「ああ。今は変えられないが……な」


 そこに表示されている名前は……アミル。

 表示されたそのアミルの名が輝き、地面から放たれた白い光の中に人の姿が浮かび上がっていく。

 そうして姿を現したアミルは戸惑ったように周囲を見回し、セイルの姿を確認して「あーっ!」と声をあげる。


「セイル様! なんで突然目の前に……ていうか、なんですかコレ! 今度は一体何したんですか!?」

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