ゴー・ウェスト2

 走って、走って、走り続けて。夜が明けるその前に、セイル達はその場所へと辿り着く。


「な、なんだコレは……?」


 それは明らかに「ここから先は違う」と主張するような光の壁。

 七色に輝くその壁を見て、セイルは先頭に立つシングラティオに答えを求めるように視線を向ける。


「これか? 精霊共の張った結界だよ。まあ、心配すんな。敵意を持ってなきゃ大丈夫らしい」

「いや、それは……お前は大丈夫なのか?」

「……どぉいう意味だよ」

「そのままの意味だが。初見の時、お前何したか覚えてないのか?」


 セイルはしっかり覚えている。話し合いを拒否して戦闘を仕掛けてきたシングラティオの脳筋ぶりを、しっかりとだ。

 その戦闘でシングラティオの満足する結果を出せたからこうして話が通じているが、そうでなければどうなっていたか分かったものではない。

 最悪、「神はそう言ったが俺と戦って価値を示せ」ぐらいは言うだろうな……と思っているし、実際にシングラティオはそういう男なので何も間違っていない。

 更に言えばシングラティオにとって「それ」は毎日の食事と同じくらい普通の事なので、一々覚えてなどはいない。

 だから……返答は当然、こうなる。


「覚えてねぇな」

「そうか。そうだろうなとは思っていたよ」


 しばらく睨みあった後、セイルとシングラティオは同時にフッと笑い合う。


「ま、心配すんな。精霊共と喧嘩する程暇はしてねえ。連中、覇気が全くねえからな」

「……それ程なのか」

「言ったろ? 生きてんだが死んでんだか分かんねえってよ。それより入るぞ」

「ああ。行くぞ!」


 夜明けも近い。だからこそナンナを頭に乗せコトリを背負ったままのセイルとシングラティオは真っ先に光の壁へと飛び込み、続けてウルザも光の壁へと突入する。そして……何かが身体の中を通り抜けた感覚を味わいながらも、無事に全員が光の壁の奥へと通り抜ける。


「……何か妙な感覚はあったが……とりあえず全員無事だな?」

「ああ」

「ええ」

「はいー」

「ですよー」


 シングラティオ、ウルザ、コトリ、ナンナの順で返事が返ってきたのを確認すると、セイルは頷く。

 仲間が無事ならば、次は状況把握だが……光の壁を通り抜けてから、明らかに周囲が変化しているのにセイルは気付いていた。


「これは……花園……か?」


 一面に生い茂る草と、季節を無視した様々な花たち。だが、その全ては蕾の状態で咲いてはいない。

 どことなく元気の無い様子の草や花たちは、不安を煽る光景だった。


「ずうっと前から、こんな調子だ。見てるこっちが鬱になりそうだぜ」

「前は違ったのか?」

「ああ。グレートウォールなんつーもんで世界が分けられる前の話だがな」

「……」


 それに関してはセイルは何も言うことが出来ない。

 グレートウォール。人間が弱すぎたが故の猶予期間の証。

 この世界の人間がそれを無為に過ごしてしまったが故に、セイルが喚ばれたのだから。


「……そう、か」


 やっとのことでそれだけ呟くと、セイルは拳を握る。

 ナンナは此処に「絶望を祓う鍵」があると言った。ならば此処でセイルは精霊たちと対話しなければいけない。

 彼等が「そう」なってしまった原因と思われる人間の……英雄であるセイルが、だ。


「それで、この後どっちに行けばいい?」

「知らん」

 

 再度前へと進む気合を込めたセイルの問いに、シングラティオはアッサリとそう答える。


「……ん?」

「知らん」


 その言葉の真意を測りかねて、セイルは眉間を指で揉み……再度シングラティオへと向き直る。


「それは、アレか。俺と戦って思い出させてみろとか、そういう……」

「いや、単純に知らん。こんな場所に俺が長居するとでも思ってるのか?」

「……そういえば敵意があったら入れないのよね」

「そっか。戦る気満々だと入れないから……」


 ウルザとコトリの恐らくは的を得ているだろう推測に、セイルは頭痛を感じてしまう。

 セイル自身、正解だろうとは思いつつもシングラティオに一縷の望みをかけて再度問いかける。


「いや、それでも交流くらいはあったんだろう? 大体の方向とか」

「知らんって言ってるだろぉがよ。バトれねえ相手に何の意味があんだ」

「……そうか。いや、此処まで連れてきてくれただけでも有難い話だ」


 つまり、ここから先はセイル達自身がどうにかしなければいけないという事だが、そこでセイルは頭の上の存在を思い出す。


「ナンナ」

「ほへ?」

「精霊たちのいる方角はどっちか分かるか?」

「んー……ちょっと待ってほしいのです」


 セイルの頭の上からふわりと浮き上がると、ナンナはあちらこちらへと飛び回り……やがて、一方向を指差す。


「一番大きい気配があるのは、あっちなのです」


 それは方向で言えば右斜め前方。当てずっぽうで真っすぐ進んでいれば辿り着かなかったであろう方向だ。勿論「大きい気配」というのが正解かどうかは分からないが、今頼るべき指針はそれしかない。


「決まりだな」

「おいおい、大丈夫なのか? そのちっこい奴の勘みたいなのでよ」

「ナンナは緑の神の遣わしてくれた妖精だ。お前が来ることも当てた……可能性は高いと思うぞ」

「ふーん?」


 ジロジロと見るシングラティオから逃げるようにナンナはセイルの頭の上に戻るが、とにかくこれで進むべき道は決定したのだ。

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