全てが存在しない幻だとしても2

 溜めのない技。そう聞いて、セイルは僅かに混乱する。

 当然だ、そんなものをセイルは持っていない。

 だが……ウルザは小さな声で続けてくる。


「アミルとの協力技の時に見せてるじゃない。アレをそのままやりなさいよ」

「アレ、か……」


 セイルはそこで、ようやくウルザが何を言っているのかを理解する。

 アミルとの協力攻撃の時にセイルが放つ、名も無き斬撃。それの事なのだ。

 だが、アレは……いや。ここはゲームではない。協力技の中の1アクションであってもセイルに出来る攻撃であるのならば、単体でも撃てるのだろうか?


「そうか。やってみよう」

「ええ、期待してるわ」


 言いながら、再びウルザの姿は闇を纏い消失する。本当に便利な技だと、そんな事を想いつつセイルはヴァルブレイドを構えアークへと向き直る。


「相談は終わったみたいだね?」

「ああ。待ってもらっていたようですまないな」

「気にする事はないさ。君達は弱いんだ。幾らでも策を練るといい……どうせ無駄だ」


 嗤うアークに、セイルは小さな笑みで答える。


「……そうか、アーク。その傲慢を後悔しろ」

「ハッ」


 嘲笑いながら、アークは動き出す。それに合わせるようにセイルも動き……ヴァルブレイドに光を宿すべく、意識を向けてみる。

 ダメ、駄目だ。何も感じない。あの時のような感覚が、訪れない。


「どうしたセイル! 僕に後悔させてくれるんじゃなかったのか!?」

「……!」


 拳と剣の衝突する音が響く。アークの拳は先程よりも強く速く、激しく。

 次第に受けるだけで精一杯になっていくセイルを、ついにアークの拳が捉え弾き飛ばす。


「ぐっ……!」

「限界が見えたなセイル!」


 追撃の電撃に、セイルは短く苦悶の声をあげる。強い、やはり強い。

 このままでは押し込まれ敗北してしまう。だが、どうすれば。

 どうすれば、あの名も無き斬撃を出せるのか。

 分からない。それとも本物の「セイル」であれば出来るのか?

 セイルは、自分の手に握られたヴァルブレイドに視線を向ける。

 王剣ヴァルブレイド。自ら主人を選ぶ伝説の剣。けれど……この剣は本当にセイルを認めているのだろうか?

 それともヴァルブレイドも自分と同じく、姿をコピーした偽物でしかないのだろうか?

 いや、だとしても。そうなのだとしても。

 たとえ自分が、取り巻く全てが在りもしない物語の世界の……その偽物でしかないのだとしても。


「俺は……俺が『俺』である以上、やらなきゃならないんだ!」

「何を訳の分からない事を!」


 セイルを吹き飛ばすべく、アークが羽を広げ突っ込んでくる。

 これが決着だと、そう言わんばかりの勢い。だがセイルは怖れない。

 ヴァルブレイドを構え、アークへと突っ込んでいく。


「死ねええええええ!!」

「お断りだアァァァク!」


 諦めるわけにはいかない。自分をセイルだと信じた皆の為に。

 カオスディスティニーの物語を真実だと信じた者達の為に。

 たとえその全てが存在しない偽物なのだとしても。

 たとえその全てが虚ろな虚構なのだとしても。

 この世界で歩んできた道だけは、本物だから。

 だから、ヴァルブレイドよ。俺に、力を!


 その願いに応えるかのように……剣が、眩く輝いた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 振り抜く、斬り裂く。アークの強固な外皮を深々と斬り裂き、その腕をも斬り飛ばす。


「ぐ、ああああああああ!?」


 自分の身体が傷つけられた。痛みと共に訪れたその事実にアークは混乱し、無くなった腕を見て驚愕の声をあげる。


「バカな、僕が……僕が人間如きに!? ありえない、ありえない!」

「ハハハハハハ! 笑えるぜアーク! ナメてっからそうなんだよ!」


 寄ってくる蟲人達を片っ端から消し飛ばしコトリを守っていたシングラティオが笑うが、アークの意識はセイル一人へと向けられる。

 恥をかかされた。たかが人間如きに。その感情がアークを支配し……激情のままに叫ぶ。


「全員かかれ! セイルを磨り潰せええええ!!」


 その言葉にシングラティオが肩を竦めるが、アークには見えていない。

 そして当然、再びウルザの姿が消えている事にも気づかない。

 その姿が再び、セイルの横に現れた事にも。


「……正念場ね、セイル」

「ああ、そうだな……やるぞ、ウルザ」

「そう言ってくれると思ったわ」


 今なら出来ると、そうセイルは……ウルザは気付いた。

 放つのは、2人の協力技。


「闇よ!」

「全てを包み込め!」


 そして……2人を中心に、闇が隠れ里全体へと広がっていく。


「これは!?」


 一気に広がった、何も見えない闇。奪われた視界にアークは勿論蟲人達も動きを止め……けれど、何も見えない。何も感じない。感覚全てを奪うかのような闇に、アークは周囲を見回して。

 ギイン、と響く音と光に気付きその方向へと視線を向けるが、そこにはもう闇しかない。

 ギイン、ギイン、と。光と音が響き、消えて。やがてその感覚は短くなっていく。

 一体何が、何が起こっているのか。この闇の中で、何が。

 何も分からない恐怖の中で、アークは叫ぶ。


「何をした……何をしたんだセイル!」


 アークは四方八方へと電撃を放つが、それでも何かに命中したのかどうかすら分からない。

 それでもアークは電撃を放ち続け……けれど、光と音は収まらない。

 ……そして。アークは気付く。自分の正面で浮かぶように現れ煌めく、刃の輝きを。

 そこに現れたセイルに、自らの背後にいるウルザに。


「セイルウウウウウウウウ!」


 叫ぶ。腕を振るう。だが、もう遅い。


「ブラッド……」

「クロス!!」


 セイルの剣とウルザの短剣が、正面と背後からアークを斬り裂く。

 どういう不思議か、同じ威力で放たれた2つの斬撃はアークの外皮を貫き深々と斬り裂き……位置の入れ替わった2人が刃を納めると同時に闇が晴れる。

 そして……そこに広がるのは、倒れた蟲人達の姿。


「……そんな、馬鹿な」


 そう呟き、アークは膝をつく。

 たかが、人間に。英雄とはいえ、人間如きに。

 身体から抜けていく黒の力を感じながら、アークの思考は少しずつぼんやりと……それなのに霧が晴れたように鮮明になっていく。


「ああ、そうか」


 アークの瞳から、光が消えていく。その身体は、ぐらりと揺れる。


「僕は……操られて、いたのか」


 ドサリと、倒れる。それで、終わり。アークの身体が動く事は、もうない。

 生き残った蟲人達はアークの統率がなくなったせいかボウッとした様子になり、動く様子はない。


「ハッ、予想以上だぜセイル……さあ、行くぜ!」


 言いながらコトリを脇に抱えて走り出すシングラティオを追い、セイル達も走り出す。

 振り返ることは、ない。此処には最初から、何もありはしなかったのだから。

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