急転
用意された藁のベッドの上で、セイルは目を覚ます。
勢いよく起き上がったセイルの手の中には、1枚の白紙のカード。
それを懐に仕舞うと、セイルは小声で「ナンナ」と呟く。その瞬間セイルの目の前にナンナが姿を現す。
その表情は真剣そのもので……セイルは今まで見ていたものがただの夢ではない、と改めて確信する。
「……導きを」
「望みのままに」
服の端を持ち上げて一礼すると、ナンナは1つの方向を指差す。
「此処に来た時の洞窟を抜けて、そのまま西へ行くです」
「其処に何がある?」
「絶望を祓う鍵が」
「……無事に行かせてもらえると思うか?」
「銀の剣が届くならば、あるいは」
謎かけのような答えに頷くと、セイルは隣に寝ていたウルザとコトリを揺する。
同じ人間同士がいいだろう、というのがアークの台詞だったが……今となっては、その蟲人的感覚に助けられた。
「……ウルザ、コトリ、起きろ」
「むうー……?」
「……何かあったの?」
寝ぼけているコトリとは逆に、ウルザは起きた瞬間にセイルの只事ではない様子に気付く。
「すぐに着替えて準備を」
「ええ。コトリ、ほら」
「なんなんですかあー?」
言いながらセイルも手早く着替え、鎧を身に着ける。
カオスゲートから取り出したヴァルブレイドを身に着ける事には、ウルザの手によってコトリも着替えさせられている。
「まだ夜じゃないですか……眠いですよう」
「シャキッとなさいな」
「悪いが、すぐに出る。質問は後で聞く……行くぞ」
言いながら、セイルは小屋を出て隠し里の出入り口である洞窟へと向かっていく。
夜になると真っ暗な隠し里はセイル達を闇の中に覆い隠し……しかし、一斉に灯されたかがり火の炎がセイル達の姿を映し出す。
「くっ!」
「セイル。こんな夜中に何処へ?」
「……アーク」
洞窟の前に立っていたのはアークであり……その隣ではメルトがニヤニヤとした笑みを浮かべている。
かがり火を灯したのは、隠し里の蟲人達。相変わらず感情の読めない……しかし仲良くなれたと信じていたはずの彼等は今、セイル達を囲んでいる。
「だから言ったろ、アーク。近いうちにこうなるってな」
「ああ、君の言う通りだったねメルト」
アークとメルトの様子は、ここ数日接してきた2人のままだ。
けれど……その身体からは、静かな敵意が感じられた。
「どうしてだい、セイル。協力を約束したのに、何処へ行こうと?」
「セイル様……?」
責めるようなアークの言葉に理を感じてコトリは不安そうな目をセイルに向ける。
コトリからしてみればアークの言葉が正しく、こんな夜逃げのような真似をするセイルの意図が理解できない。
だが……セイルの真剣な瞳を見てコトリはアークに視線を向ける。少なくとも、セイルの目は冗談か何かでこんな事をやっているようには見えなかったのだ。
「俺だって、お前達に協力するつもりだった」
「なら、何故? 僕達は協力できるはずだ。この世界の平和の為に」
「そうだぜ、セイル。一体何が不満だってんだ」
真面目なアークと、からかうようなメルト。いつも通りの2人に向けるセイルの視線は……ただ、静かで。けれど、悲しげな色を宿していた。その手は静かに腰のヴァルブレイドへと伸び……涼やかな音と共に抜き放つ。
「強いて言うのなら……お前達を染めている黒の月神の力が不満だ」
その言葉で、周囲の空気が一気に変わる。敵意ではなく、殺意。
狂わしく呪わしい、狂気に満ちた何かが場に満ちていく。
「ひゃっ……!?」
「これは……!」
そう、白の月神はセイルに示したのは、この事実。
セイル達だけでは気付けなかった、この致死性の罠。
「全ては罠だった。俺達が送り込まれるだろうと予測していた黒の月神による壮大な茶番劇。俺達を確実に殺す為の……な」
「……いつ気付いたんだい。違うな、何故気付いたんだ?」
「教える義理はないな」
「ああ、そうかい!」
アークの角から放たれた電撃がセイルを狙い、しかし回避されて大地を空しく打つ。
「だがもう遅い! 此処に誘い込まれた以上、君達の敗北は確定した!」
「ああ、その通りだ。潔く死ねよ、セイル」
セイルの目の前に迫るメルトの剣を、セイルのヴァルブレイドが迎え撃つ。
ギイン、と鳴り響いた剣戟の音を合図とするかのように周囲を囲んでいた蟲人達も動き出し、コトリが悲鳴のように「どうすれば!?」と叫ぶ。
「迎撃しろ! こいつらは全員、黒の月神の支配下だ!」
「ええっ!?」
「了解したわ!」
オロオロするコトリとは違い、ウルザの理解は早い。即座に短剣を抜き放つと迫ってきていた蟲人の関節を狙い斬り裂いていく。
「コトリ、ボヤっとしてると死ぬわよ!?」
「うう、でも、でもお!」
魔導銃を抜きながらも戸惑っていたコトリだが、襲ってくる蟲人達を前にしてようやく覚悟が決まったのか、泣きながら乱射を開始する。
「なんで、なんでこんなぁ!」
「趣味が悪いのは確かね!」
「それは……同意だ!」
一際大きい音が鳴り、セイルがメルトを弾き飛ばす。
「チッ、流石に強いなセイル!」
「でも時間の問題さ。こういう時の為に、この周囲には援軍を配置してある。どの道、君達に生き残る術はない」
余裕たっぷりに言い放つアークだが……次の瞬間、全力で横へと跳ぶ。
それとほぼ同時にアークが居た場所を裂いたのは、剣撃による銀光。
「何故、君が此処に……!」
「な、誰だ……!?」
アークとメルトはそれぞれの反応を返し、セイルも驚きに目を見開く。
「おー……本当にセイルがいやがる。ちょっと驚いたぜ」
全く驚いていない様子で笑うのは……以前、セイルと殺し合った男。
魔族の英雄、シングラティオだった。
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