夢の中で
その夜。セイルは何処かも分からない空間に立っていた。
……いや、正確には見覚えがある。此処は、セイルがセイルになる前に来た場所だ。
「やあ、セイル。久しぶりだな」
「神……いや、白の月神……」
「ああ。僕こそが白の月神だ」
セイルの言葉を肯定して、少年神は笑う。前と比べるとほんの少し成長したような気もするが誤差の範囲だろうか、とセイルが考えていると少年神にギロリと睨まれてしまう。
「……再度言っておくが、君の為に僕は尋常じゃない力を使ったんだ。そう簡単に回復などするわけがない」
「そ、そうか。ところで今更だが敬語を使った方がいいのか?」
「要らん。気持ち悪いだけだ」
吐き捨てて、そこで少年神……白の月神は軽く咳払いをする。
「いや、こんなくだらない話をする為に呼んだんじゃない」
「何か問題が……黒の月神のことか?」
「ああ。緑からすでに話がいっているのは知っている。黒の介入は事実だ……恐らく君にとっては、今までで最悪の敵になる事だろう」
「そう、か」
白の月神がそこまで言うという事は、その通りなのだろうとセイルは思う。
勿論セイルも今まで遊んでいたわけではない。レベルアップもしているし修行もしている。
それでも尚厳しいのであれば……それは確かに最悪といえるかもしれない。
「俺は……勝てるのか?」
「それは僕にも分からない。だが、勝敗とは関係ないが……確実に分かる事はある」
そう言って、白の月神はセイルを真正面から見つめる。
「……セイル。君は僕の望んだ通りの英雄に成長している。人間の築いた脆弱な世界が滅びゆく中、君は希望の国を造った。今の君は、まさに『人間の英雄』と言えるだろう」
「だが、それは」
セイルは「カオスディスティニー」の主人公セイルを元に作られた、セイルの偽物だ。
たとえ本物のセイルなんてものが何処にも居ないにせよ、虚像から始まったのがセイルという男だ。
それは演じずとも「セイル」として動けるようになっていても変わらない事実だ。
「君には言ったと思うが、この世界、君のいた世界……そして他にも無数の世界がある」
「……ああ」
それは知っている。セイルは神のガチャとやらでこの世界に運ばれてきたのだから。
他に無数の異世界があるだろうことも、当然予想の範疇だ。
「その中には当然、僕のように異世界から英雄となりうる者を呼んだ世界もある」
「だろう、な」
「大体の結果は散々たるものだ。与えられた強い力で世界を蹂躙した者がどれほど居たことか」
勿論そうではない世界もある。しかし極めて少数だ。
大抵は自分の理と利を絶対のものとし、神殺しを為した世界すら存在する。
「君はどうだ? 世界を蹂躙したか? 自分の理と利を世界に強要したか?」
「いや、だが……」
結果としてセイルは国を造っている。それは蹂躙ではないだろうか?
「違うな」
そのセイルの考えを……やはり読んだのだろう、白の月神は断言する。
「君の行動は常に英雄的だ。その身体の元となった人物を演じるが故かもしれないが、傍から見れば実に清廉で立派な男だ……まあ、ガチャに突っ込む性格は直っていないようだがね」
「だから、それは」
「まあ、聞け。『演じたから結果として英雄的』? 笑わせるなよ。演じずに生きる人間などいるものかよ。理性っていうのはそういうもので、知恵っていうのはそういうものなんだ。演じずに生きるのは知性なき者だけだよ」
人からどう見えるかを完全に気にしない者などいない。
気にしていないようで気にしている。服を着るのがその証拠でもある。
常に人は何かを演じている。それは常識とか好感を持たれる何かしらであるとか、そういう言葉で称される。
「君は君の思い描いた『英雄セイル』を演じ、今やその通りになった。もう演じる事に違和感など無くなっているんだろう?」
「それは……ああ」
「ならば君の演じた『英雄セイル』は完全に君自身になったという証明だ。今となっては元の君を演じる方が難しいだろうさ」
確かにそうかもしれないとセイルは思う。セイルとなってからずいぶん経つが、今ではもう自分が元はどういう言動をしていたかすらおぼろだ。
「誇れ、セイル。君は紛れもなく人間の英雄だ。白の月神たる僕がそれを保証しよう。君は……僕の、そして人間の求めていた英雄だ。君の足跡が、親が子へと語る英雄譚となるだろう」
「それなら白の月神よ、俺に教えてほしい。蟲人の英雄を元に戻す手立てはあるのか?」
英雄同士の激突。それも黒の月神が暗躍しているというのであれば、他の英雄と戦った時のようにはいかないだろう。殺し合いになる可能性だってある。だが、それを防げるのならば。そう考えて問うセイルに、白の月神は無言。
「ない、のか……?」
「浸食度による。黒の力は身体と心を蝕む。場合によっては、二度と戻らないだろうな」
「時間がない、ということか」
「時間は関係ない。その気になれば一瞬だろうからな。黒が何処までやる気かの話だ」
「なら、他の月神で黒の月神を押さえられないのか!?」
「……僕が消耗しているからな。他の月神では黒と相性が悪い。銀が動けばどうにかなる可能性はあるんだが……」
まあ、可能性は低いな……と白の月神は溜息をつく。
「だから君に頑張ってもらう必要がある。その為に此処に呼んだんだ」
「ああ、最善を尽くすつもりだ」
「そうじゃない。緑が君に渡した妖精は気づき始めてるようだが……」
そうして告げられた言葉に、セイルは驚愕する。
それは1つの真実。そして……全てを動かす鍵であった。
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