レジスタンスの村7
そして、更に数日が経過して……広場に、メルトの木剣が転がる音が響いた。
「……これで、俺の勝ちだな」
「だな。ったく、嫌になるねえ。そんなもん着こんでるってのに、俺より動きが良くなりやがった」
「単純に動きが最適化されただけかもしれないがな」
言いながら、セイルは手の中で木剣を遊ばせる。
事実、セイルのレベル自体は1つ足りとて上がってはいない。
しかし動きがメルトの言うように良くなっているのは事実であり、それはレベルとは違う部分の何かだろうとセイルは思っていた。
言ってみればセイルの剣術やウルザの諜報術など……そういったアビリティでもない技能的な部分であるとも考えられる。そう、たとえばコトリの体力が走り込みで少しではあるが上昇しているように、だ。
「ひい、ふう、うええ……」
「情けないわね。この数日何やってきたのよ」
「走ってきたじゃ、ないですかあ……」
殻鎧を着こんだままへばっているコトリを見下ろすウルザは同じように走っていたはずなのに息一つ切らしてはいないが彼女の体力も上昇しているのだろうとセイルは思う。
「まったく……まあ、初日よりは動けるようになってるからいいけれど」
言いながらウルザはコトリの兜をとって水をかけると、セイルの方へと歩いてくる。
「そちらもお疲れ様、セイル。目標クリアといったところかしら?」
「見ていたのか」
「ええ、勿論。そのくらいなら大した手間でもないわ」
「たいしたものだ」
心の底からセイルはそんな賛辞の言葉を贈る。セイルはウルザ達の様子をほとんど見れていなかったが、ウルザにとってはコトリの面倒を見ながらセイルを見るくらいは簡単だったというのだ。それは見習うべきではあるし、頼れる部分であるとも思う。
「ウルザ。考えてみればお前にはずっと頼りきりだが……今回もよろしく頼む」
「何よ、今更。当然じゃない」
「……まあな。だが、今のうちに言っておきたかったんだ」
言える時に言っておいた方がいい。セイルとしてはその程度の考えだったのだが、ウルザは微妙に不機嫌そうな表情で……セイルは何か間違えたかと少し焦ってしまう。
「大体、作戦開始前にお礼なんて縁起でもないわ。そういうのは終わった後に言えばいいのよ」
そんなウルザの意外過ぎる言葉にセイルは思わず「むっ」と唸る。
確かにいわゆる死亡フラグっぽかったかもしれないが、そんなつもりは微塵もない。
本当にお礼を言いたかっただけなのだ。
「確かに、それっぽかったかもしれないが……いや、しかしだな」
「分かってるわよ、そんなこと。まったく、不器用な人ね」
ウルザとしても冗談を含む部分はあったのだろう、困ったような表情のセイルに苦笑すると肩を軽く叩いてみせる。
「まあ……コトリはああだし、導き手らしきモノもああだし」
言いながらウルザは倒れたままのコトリと……この隠れ里に来てから、暇さえあれば宙に浮いて何処かを見つめているナンナへと順番に視線を向けている。
「この状況で私に改めてそういう事を言いたくなるのは分からないでもないわ。アミルが居ればまた違ったんでしょうけどね」
「……かもしれないな」
セイルとしても側にアミルが居ないというのは初めての経験だ。
この世界に来てから副官的な位置にいたアミルが居ないと、どうにも何か物足りない気分ではあるが……仕方のない事だ。あまりにも突然過ぎた。
しかし、やはり物足りない。あの元気さが救いになっていたのだと、そう今更ながらに気付くセイルだが、ウルザが再び不満そうな顔になっているのを見て首を傾げる。
「……なんだウルザ、どうした」
「別に? いかにも物足りないって顔してるからムカついただけよ」
「お前が話を振ってきたんだろうに……」
「それはそうだけど。お前だけじゃ頼りないって言われてるみたいでシャクなのよね、やっぱり」
「頼りにしていると言っただろうに。本心だぞ?」
そう、偽りなく本心だ。セイルが事あるごとにウルザに頼ってきたのも事実であり、アミルとは違う意味でウルザは無くてはならない存在だ。
帝国で戦った頃も「ウルザがいれば」と思ったことは一度ではない。
「お前の事は本当に頼りにしている。それは嘘じゃない」
「……そう」
ならいいんだけど、と。ウルザは小さく呟いて自分の髪を弄る。
自分から絡んでおいて、ではあるが……今更ながらにウルザは自分の行動が少し恥ずかしくなってしまったのだ。
元々セイルとウルザの出会いは良いものではなかった。
ウルザは暗殺者、セイルはその対象者。そこからどうしてこれ程までに「頼られたい」と思うような関係になってしまったのか。
それはあるいは、セイルが暗殺者などという裏稼業のウルザに屈託のない笑顔を向けてくるからかもしれないが……それ以上に、セイルの信頼をしっかりと感じるからかもしれなかった。
頼りにされている。そう実感することは、ウルザに自分の思っていた以上の充足感を与えていた。
ある種の依存だと分かっていても、抜け出せない。暖かな場所であると分かりきっているからだ。
「……何故睨む」
「人たらしの神髄ってものを見た気がしたのよ」
「俺が何をしたというんだ……」
自覚のない台詞を言うセイルにウルザは苦笑し……そんな2人にメルトが生暖かい視線を向け、放置されたコトリが恨みがましい視線を向けていた。
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