レジスタンスの村6

 そして、セイルとアークの契約から数日が経過した。

 レジスタンスの村の広場ではメルトが模擬戦として剣を握っていたが……その相対する相手であるセイルは少々不思議な格好をしていた。

 具体的に言えば、アークの用意した鎧……蟲人の殻である。非戦闘要員、いわゆる「角ナシ」の殻を着込むのは少し軽めの全身鎧を着ているのと同じで、動けないほどではないがそれなりの重量が体にかかる。

 そして当然ではあるが、これを着て軽々と動けねばならず……広場の周囲では殻を着込んだコトリが同じように着込んだウルザに背後から小突かれながら走っている。


「ひいひい、もうダメですよう……」

「ダメって言ってからが本番よ。喋る元気があるなら平気。保証するわ」

「……」

「急に黙っても駄目よ。気配で分かるんだから」

「ヒイイイ……」


 更に小突かれたコトリが走っていくのを見て、メルトが面白そうに笑う。


「なんだかんだで、あんなもん着こんで走っていられるコトリも凄いと思うけどなあ」

「……お前にも出来そうだが?」

「まあな。元々は俺、アタシ……ああくそ、まだ直らねえな、ともかくアタシがメインでやるはずだったんだ。出来なきゃどうしようもねえよ」

「そうか」


 言いながらセイルは木剣を油断なく構える。

 今やっているのは殻鎧を着こんだセイルと普段通りのメルトとの模擬戦。

 そのくらい出来なければダメだろうね、というアークの提案によるものだが……メルトの動きは驚く程によく、今の状態のセイルでは見えていても中々反応できない。


「そういえば……アンゼリカから聞いたことがある。人類最強の1人、自由騎士メルト。お前の事だったか」

「懐かしい名前だすねえ。あの姿になってからは行方不明だとか言われててな。今じゃ過去の人さ」


 言いながら、メルトの姿がセイルの視界から消える。

 だが当然「消えた」わけではなくセイルの視界の外に消えただけ。この殻鎧を着ていると視界も制限されるが、メルトはその範囲を短い間に完全に把握していた。


「ぐっ!?」


 膝裏を狙って入れられた蹴りに姿勢を崩しかけ、セイルは回転しながら木剣を振るう。


「おおっと!」


 だがその木剣を跳んで回避したメルトが繰り出したのは回し蹴り。

 完全に態勢を崩し倒れたセイルに、メルトの木剣が突き付けられる。


「ほい、アタシの勝ち」

「……俺の負けだな」


 ゆっくりと立ち上がり、セイルは殻鎧の兜を外す。

 意外に殻鎧は熱気は籠らないが、それでも涼しいというわけではない。

 外の涼しい空気を受けながら、セイルは髪を軽くかきあげる。


「俺も強くなったつもりだったが、まだまだ……ということだな」

「いやあ、どうだろね。正直アタシの剣なんか喧嘩殺法でしかない。意表をつくのが全てで、読みで負けたらそれまでだ」

「謙遜するな。その身体能力あってこそだろう」


 セイルの見たところ、メルトはかなり強い。恐らくは殻鎧を外しても、油断すれば負けるだろうとセイルは思っている。

 勿論負ける気は無いが……この殻鎧を着ての模擬戦という形で、メルトの実力をセイルは知った。

 人類最強の1人というのも、決して大げさではない。

 だがメルトはそうは思っていないようだった。


「……謙遜はそっちの方だろ。その殻鎧のハンデがあるとはいえ今段階でアタシと渡り合う上に、たぶん隠し玉もある。それに……まだまだ伸びる気配もある。正直、バケモノの域だよ」

「バケモノ、か」

「いい意味でのバケモノだけどな」


 恐らくはフォローであろう事を言うメルトにセイルは苦笑する。

 いい意味でのバケモノというのは良く分からないが、本当に悪意のある言葉ではないのだろう。


「ま、今のアンタの弱点を言うなら……正直な事だな。剣に騙しがねえ、誠実だ。だからアタシみたいなひねくれ者には読めるし、たぶん本能で動く奴も読んでくる」

「……だろうな」


 セイルの剣は肉体に刻まれたものといってもいい。セイルの意思がそこにあるのは確かだが、決まった型を組み合わせていることに変わりはない。


「身体能力が半端ねえから弱点と呼ぶかは疑問だけどな」

「だがお前は避けた」

「たまたまさ」

「どうかな……っ」


 セイルが不意打ちで木剣を振ると、メルトはバク転でダイナミックに回避してしまう。

 そう来ると分かっていたかのような動きにセイルは思わず舌打ちしてしまうが……メルトはムスッとした表情だ。


「このタイミングで不意打ちたあ、やるじゃねえか。ちょっと読めなかったぜ」

「回避しといて何を言う」

「グーゼンだよ、グーゼン」


 互いにニヤリと笑うと、セイルは再び兜を被る。


「さて……休憩も済んだ。もう一戦お付き合い願おうか」

「それもなんだよなあ、その無尽蔵の体力。1人で万の軍勢でも相手にできるんじゃねえか?」


 言いながらメルトは木剣を構えて。セイルも応えるように木剣を構える。


「……流石に手が足りないさ」

「おお怖ぇ。あと数日で超えられちまうかもしれねえな」

「努力はしてみよう……!」

「冗談だよバァカ!」


 そうして2人が交差する。

 アークの作戦は未だ始まらず。

 上空に浮かぶナンナが、遠い何処かへと無表情で視線を向けていた。

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