レジスタンスの村4

「呪いを!?」

「マジか!?」

「うおっ、眩しい!?」


 ピカッと角を発光させたアークにセイルは思わず目元を覆うが、2人の視線がアンチカースの瓶に集中しているのを見て疑問符を浮かべる。


「……いや待て、アークはともかくメルトはどうしてアンチカースをそんな目で見るんだ」


 アークには「王を元に戻せるかもしれない」という希望がアンチカースにある。

 しかしメルトがアンチカースに何の用があると言うのか。

 まさか蟲人の英雄に恩義があるというわけでもないだろう。


「どんな呪いも解けるんだろう? ソレは」

「可能性がある、程度だがな。実際にコレで呪いを解いて回ったわけじゃあない」


 事実、アンチカースを今まで使う機会は訪れなかった。

 それは良い事ではあるのだが、いざという時にアンチカースにどの程度頼れるか分からないという事でもある。

 だが……白の月神の力で齎されたものなのだから一定の効果はあるだろうとセイルは考えている。


「だがそれでも俺にとっては幸運だ。何しろ、次は精霊の国とやらに行ってみるしかないと思っていたからな」

「貴方、呪われてるの?」

「ああ。しかも帝国でも皇国でも俺の呪いは解けなかった。次はこの大陸を巡るしかないと思ってたんだが……」

「そういえばそんな話だったね」


 ウルザとメルトの会話にアークが頷き、「しかし」と続ける。


「けれどメルト。これは僕にとっても……いや、この国にとってもチャンスだ。譲れないよ」

「……だろうな」


 剣呑な雰囲気を出し始める2人だが、コトリの咳払いがそれを止める。


「ゴホン、ゴホン。つまり、お二人はアンチカースを……実際の効果はさておき、求めておられると。そういう認識でよろしいです?」

「……まあ」

「そうだな」

「お分かりとは思いますが、アンチカースも貴重な薬です。セイル様は博愛のお方なので、お二人にアンチカースをご用意することだって出来るでしょう!」


 その言葉に2人の間の剣呑が雰囲気が散って、コトリはニヤリと笑う。


「ですが、申し上げた通りこの薬は実に貴重! 当然それなりの代価、具体的にはもがっ」

「……とりあえず、メルトの事情も聞かせてくれ。どんな呪いなんだ?」


 ウルザに口を塞がれたコトリがもがもが言っている間にセイルが話を進めると、メルトは小さく頷く。


「ああ、そうだな。まず、なんだが……俺が実は女だと言ったら信じるか?」


 言われて、セイル達はメルトの姿を見る。

 ぼさぼさの金髪、無精ヒゲ、適当に着た感のある服と、柄が汚れた剣。

 正直に言えば、傭兵のおっさんという表現が正しいように思える。


「えっと、その……妄想はアンチカースじゃもがー」

「黙ってなさい」


 ウルザに再び口を塞がれたコトリがモガモガ言っているのを見て、メルトは苦笑する。


「だろうな。何処に行っても同じことを言われたよ」

「……では、今のは冗談でもなんでもないと?」

「ああ。いつだったかな、遺跡探索をしていた時の話なんだが」


 王国の領土内にある古代のものだという遺跡を探索していた時に見つけた古い鏡。

 ただならぬ魔力を漂わせたソレがお宝だと思って近づいたのが、メルトの不運だった。


「……鏡の中に映った自分が見知らぬムサい男に変わった時は驚いたよ。どういう理屈か装備まで変わっちまって、誰も俺を「女のメルト」だと信じてくれねえ」

「ふむ……」

「ただ、力はビックリするくらいに上がったよ。男の身体の便利さを知ったね」

「セイル様、この人たいして苦労してなさそーですけど」

「苦労してんだよ!」


 メルトが立ち上がって机を叩いた衝撃でコトリがひえっと声を上げる。


「何が悲しくて女に言い寄られりゃならねえんだ! 婚約話まで出るせいで何処かに拠点を持つ事も出来やしねえ……あ、いや。それは特に変わらねえか……?」

「どのみち人類国家なんてほとんど滅んでるわよ」

「うえー……」


 肩をすくめるウルザにメルトは力なく椅子に座り直し「ま、そんなわけさ」と言い放つ。


「だから、どんな呪いでも解ける薬なんてものがあるなら是が非でも欲しい。2本あるのか? 売ってくれよ。なんでも出すぜ」

「今なんでもって言いましもがー!」

「確かに2本ある。一本はアークの為にとっておくが、もう一本はメルト、お前にやろう」


 言いながらアンチカースを差し出すセイルに、メルトは思わず口をぽかんと開ける。


「やるって……え、いいのか?」

「ああ。今回の件、協力してくれるんだろう?」

「いや、そりゃまあ、な」

「なら報酬の先渡しということでいい」


 言いながらアンチカースを差し出すセイルから受け取りかけて。メルトは「いやいや!」と手を振る。


「そんな旨い話があるかよ。呪いを解いたら逃げるかもしれねえぞ、俺はよ」

「まあ、それならそれで……だな」

「はあ!?」


 実際、それでも構わないとセイルは思っている。

 潜入をする以上、必要なのは信用と信頼だ。

 メルトが呪われているというのなら、それを解いておくのはメルトを「信頼できる相手」にする為に必要なプロセスだ。

 たとえば呪いを解いてやるから裏切れという話になる可能性だってゼロじゃないのだ。


「……どんなお人よしだよ」

「そんなものじゃないさ」

「ハッ」


 メルトは笑うと、セイルの手からアンチカースを受け取る。


「いいぜ、気に入った。少なくとも今回の騒動の間、全力でアンタの力になろう」


 言いながらメルトはアンチカースの蓋を開け、喉に流し込んで。

 その瞬間……メルトの身体が輝き、何かの冗談のようにその姿が変わっていった。

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