訪問の理由
「……あの道具は人間が作ったのですか。白の月神がお作りになったものと思っていましたが」
「いいや、違うさ。けれど、白の月神の似姿たるに相応しい能力を持つ人間だったとは思うけどね」
「創造の白、ですか」
「ああ」
頷く緑の月神の言葉に、セイルは考え込む。
創造の白。確かにその英雄に相応しい者だったのだろう。
それに比べると、セイルは自分はあまり「それっぽく」はないな……などと思う。
しかし、そんなセイルの表情を察したのだろうか。緑の月神は前足を軽く上げてみせる。
「私としては、君も相当『白』らしい力を持っているとは思うけどね」
「俺が……ですか?」
「ああ。君の……えーと『ガチャ』とか言ってたっけ? 幾ら介入を決めたとはいえ……『白』の奴、かなり思い切ったなと私は感心してたよ」
「貴方は、俺の能力の事を把握していると……?」
言いながら、セイルは冷汗を流す。
セイルの能力、ノーマルガチャ。仲間達には「元の滅びた世界から喚び出していると思う」などとそれっぽい説明をしているが、実際にはそうではないことはセイル自身がよく知っている。
もし此処でそれを言われてしまえば……何が起こるかセイルにも分からない。
「いいや、流石に私にも理解は出来ないさ。けれど、君の能力が規格外である事は理解できる。たぶん『白』だけじゃないな……『金』か、あるいは『銀』の奴も何かしてるんじゃないか?」
「銀……魔族を創ったという『終末の銀』が俺に?」
「ああ、うん。誤解してほしくないのだけど、『銀』の奴は滅びを望んでるわけじゃない。全ての終わりを愛してるだけでね。歪んでるのに間違いはないんだが……まあ、『黒』ほどねじ曲がっては……いや、どうかなぁ……」
うーん、と悩み始めた緑の月神だが、誰も何も言えるはずがない。
しばらく悩んでいた緑の月神は「ま、いいか」と自己完結して頷く。
「とにかく君は規格外ということだよ、セイル。それに、非常に清廉で真っすぐだ。それなのに煮え滾るような欲望も持っている。まあ、欲望の方向性はちょっとおかしそうだけど……『金』の奴が好きそうな男だよ、君は」
ウルザとコトリの視線がセイルに向き、セイルはすっと目を逸らす。
ガチャ欲の事を言われているのは理解しているが、恐らくは三大欲求のどれかがガチャ欲に入れ替わっているかもしれないと自覚しているセイルにとっては今更だ。
「さて、話がズレたね。ともかく、そういうわけでグレートウォール崩壊から現在に至るまでの状況は、一部を除けば国土回復運動だね」
「ドワーフと、獣人……ですか」
「ああ」
人間に同情的であり庇ったという獣人がスラーラン皇国を襲ったのも、つまりはそういうことなのだろう。
しかしそうすると、セイルには分からない事があった。
「この場所はどうなのですか? 俺が戦ったのは魔族でしたが」
「此処かい? 此処は元々人間の国だった場所さ。魔族に追い出されたけどね。そういう意味ではおめでとう、なのかな?」
「そう、ですか」
ならば問題はないだろう。ないだろうが……もう1つ問題がある。
「では、貴方がいらっしゃった理由というのは貴方の影響を受け生まれたという獣人の事ですか? まさか、仲立ちに来てくださったと?」
「うん、ようやくその話題に入れるよね。しかし違うんだ。そもそも獣人は国土回復する為に自分達の国に居座っていた人間の国を滅ぼしたようではあるけれど。別に皆殺しにしてはいないし、逃げる者も追ってはいないよ」
「奴隷、ですか?」
「敗戦国の国民として遇しているみたいだよ。そこまで酷いもんじゃない……反発は大きいようだけどね」
おかげで大変みたいだ、と緑の月神は語る。
なるほど、そうなると獣人の斥候は「その対応」なのかもしれないとセイルは思う。
「しかしそうなると、やはり貴方が仲立ちする必要があるのでは?」
「私がかい? 人間も獣人も仲良くしましょうって? おいおい、子供じゃないんだ。今更そんな事を神様に教えられるようじゃダメだろう」
「かもしれませんが」
「かも、じゃなくてダメなんだ。そもそも君はライトエルフの英雄や魔族の英雄ともある程度分かり合っただろう? そこに神の意図はあったかい?」
介入する気はない。緑の月神からはそういう強い意思が感じられた。
しかし、そうであれば緑の月神は一体何をしに来たというのか……それがセイルには分からない。
「では、貴方は一体何を」
「うん。私が今夜此処に居るのは、君も知った『黒』の奴の介入についてだ」
「……ライフキーパー、ですか」
「そう、彼にも『黒』が力と知識を植え込んだ形跡がある。それは君が砕いてくれたわけだが……」
そこで、緑の月神は一度言葉を切る。
「これは、君が危惧している人間と獣人の関係にも影響する事だ。そして、私から君への頼みでもある」
「頼み……貴方が、俺に? 貴方に出来ない事なのですか?」
「出来ないというよりも、するわけにはいかない。『黒』に幾ら守る気がないといっても、未だにあいつを縛り続ける盟約なのだからね」
そう言った直後、緑の月神の身体が僅かにノイズがかったようにブレる。
「……『黒』の奴め、私が何かしてる事に勘付き始めたかな? 私の担当の夜だってのに、何かしようとしてやがる」
「大丈夫、なのですか?」
「問題ない。『青』が一喝するだろうさ。しかしまあ、限界かな。だからセイル、君に問おう」
ノイズの大きくなり始めた身体から、緑の月神の声が響く。
「……蟲人を救ってくれるかい? それが獣人を救い、ひいては人間の為にもなるだろう」
「その救う為の道筋を示していただけるのならば」
「ふふ、いいだろう。君にコレを授ける」
緑の月神の身体から小さな光が分離し、セイルの手の中に納まる。
明滅を繰り返すそれを指し、緑の月神は「ソレには私と『青』の奴の力が籠められている』と語る。
「さあ、それでは行くといい。最初の道筋は私自ら示そう」
「え、行く? いや、準備がまだ」
「悪いとは思う。けれど、いつだって『そういうもの』さ。そう思えば気楽だろう?」
ふざけんな、と。
心の中で罵倒しそうになりつつも、セイル達のいるバルコニーを光が包む。
「セイル様! 今の光は……!」
「やあ、えーと……君はセイルの副官のタスリア、だっけ? 残り時間で来てくれてよかった。私は緑の月神だ。セイルは私の頼みで旅に出ている。次の緑の夜にはもう1回説明しに来るつもりだけど……よろしく頼むよ」
「は!? ちょっ……」
目の前で消えた緑のカブトムシの言い残した言葉に、タスリアは疑問符で頭を一杯にしてしまう。
無理もない。セイルの居た場所にセイル達がいなくて、月神を名乗るカブトムシがいて。
セイルは旅に出たと言う。しかも詳細な説明もなく消えてしまった。
「……こ、こんな大事な時に……何考えてるんですかああああ!」
吠える。その声に兵士達が走ってきた時には、タスリアは怒りながらも冷静な……何かを悟ったとでもいうような表情に変わっている。
「……セイル様は諸事情で作戦行動に入りました。ゲオルグ将軍と、アミル剣兵長を……いえ、クロスさんも呼んでください。今すぐ今後の対応を検討します」
こうして、タスリアはセイル達が突然消えたガイアード王国をどうにかするべく動き始めた。
諸工作担当のウルザも居なくなったと気付き彼女が苦悩するのは、この後の事だが……セイル達に、今はそれを知る術はない。
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