忘却された過去

「緑の……月神」


 やはり、とセイルは思う。

 しかし同時に何故、とも思う。

 何故そんなものが今、自分に会いに来るのか。

 そして、何よりも。


「……月神協定とやらがあると聞いています。黒の月神の直接干渉が違反であると。貴方もまたそうではないのですか?」

「確かに。しかしアレには色々と穴もあってね。私の場合は、そうだな……今は何が起こってもおかしくはない緑の月の夜だ。月神がフラリと地上に現れてもおかしくはない。違うかい?」

「……それは」

「そもそも、アレは『黒』が無茶をやるのを抑え込む為のようなものでね。しかし今は『白』が弱っている。『黒』にしてみれば、いつもよりやりやすいだろうさ」


 それは、セイルのせいでもある。

 だがセイルが居なければ人間が滅びていたかもしれない事を考えれば、一概に悪いとも言えないのだが……。


「それで、貴方は一体何をしに? まさか、俺と話をする為だけに?」

「結論を急ぐなあ、君は。それとも何かい? 私に何か話があったりするかな?」


 言われて、セイルは黙り込む。

 この世界に降り立ってより、セイルを送り込んだ白の月神からの接触はない。

 黒の月神とやらの思惑は分からず、どう動けばいいかも分からない。

 ……ならば、ここでそれを聞いてみるのも良い、のかもしれない。


「なら、聞かせてください。今の争いの原因となっているグレートウォールとは何なのですか?」


 そう、まずはそこだ。

 グレートウォールの崩壊からこの状況は始まった。

 ならば、それが一体どのようなものであったのか?

 それを知る事は状況の打開に役立つだろう。


「グレートウォールか。あれは文字通り世界を隔てる壁だよ。言ってみれば、人間に猶予期間を与える為のものだったんだが……まあ、見ていたから知っているよ。人間はそれを忘却したようだね。その責任を君に負わせるのはどうかと思うが、英雄とは種族の代表者でもあるからね。甘んじて受け入れたまえ」

「ならば、それについて教えてください。その忘却された内容こそが、今の争いの原因となっているのでは?」

「……ふむ。一概にそうとも言えないが。まあ、いい。簡単にではあるが、教えようじゃないか」


 グレートウォール形成前。

 いや、世界創生にまで話は遡る。

 偉大なる創造神は世界を創り、その後自らを7つに分け世界の守護神とした。


 すなわち、7柱の月神。

 創世の白。栄光の金。呪怨の黒。静寂の青。惑いの緑。暴虐の赤。終末の銀である。

 創世の白は世界に生命の種を撒き、様々な動植物を創った。

 やがてその中に神の似姿……人間が生まれた時、他の月神達もまた自らの力をそれに注ぎ込んだ。


 栄光の金の力は、自らを高める事を尊ぶドワーフとライトエルフを産み出した。

 呪怨の黒の力は、猜疑心が強く薄暗い感情の強いダークエルフを産み出した。

 静寂の青の力は、世界の平穏を手助けする精霊を産み出した。

 惑いの緑の力は、人でありながら人とは全く異なる蟲人、そして獣人を産み出した。

 暴虐の赤の力は、力そのものの象徴であるかのような巨人を産み出した。

 終末の銀の力は、世界を滅ぼしかねない力を持つ魔族を産み出した。


「彼等が文化を築くと同時に戦争は始まった。最初に始めたのは……どれだったかな? まあ、そこはいいか。激しい戦いの中で、それぞれの種族に『英雄』と呼ばれるものが生まれ始めた。神の似姿である彼等の中で、更に神に近い者達さ」


 現れた英雄達は凄まじい力を振るい、自然とそれぞれの種族の代表となっていった。

 しかし、その中で英雄が生まれなかった種族がある。


「それが……人間」

「その通り。ただでさえ地力で劣っていた人間は追い込まれ、狩られた。同情からライトエルフや獣人が彼等を庇わなければ、即座に滅びていただろうね」


 そうして、現在のヘクス王国のある位置まで残された人間は追い込まれた。

 特に好戦的な魔族に攻め込まれ、いよいよ滅びるかという段階になってなお、人間には英雄が生まれなかった。

 それは運命ではあるかもしれない。けれど、創世の白の力に他の神の力を加えた他の種族が有利である事もまた事実だった。

 だからこそ、月神協定が結ばれた。

 他の種族と比べれば脆弱である人間に「進化」する為の時間を与え、英雄の生まれる余地を作る。

 猶予期間の間に技術を成長させる事で、人間独自の戦法が生まれる事も期待された。

 それでようやく公平であると……そうされたのだ。


「当然、そこに他の月神と種族は邪魔だ。だから、グレートウォールで世界を隔てた。勿論、僕達が真摯に事情を説明してね。人間がハンデを克服するまで、少し我慢してほしいと……そう頼んだのさ」

「他にやりようもあったでしょうに」

「否定はしないよ。けれど、当時はそれが最善であると思っていたし、今でもそう思っている」


 ウルザの呟きに緑の月神はそう答え、話を続ける。


「与えた期間がどの程度であったのかは、今は省こう。けれど、結果から言えば人間は時間を無駄にした。随分増えたようではあるけれど、その増えた人数で小さな権力を奪い合う砂山遊びだ。挙句の果てに歴史を書き換え忘却し、悦に至った。時折英雄に近い者も生まれたようだけど……ね」


 君達が使っていた、キングオーブの力を利用する道具を造った人間だけどね、と緑の月神は語る。


「その人間が当時の『王』とやらに殺された時には私は大笑いしたものだけど。ま、回り回って子孫は魔族に殺されて報いを受けたわけだ」

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