ガイアード王国3

 ライフキーパー戦での破壊痕が修復された玉座の間は、一部の装飾などが変更され全く違う印象の部屋へと姿を変えていた。

 それはセイルや、その仲間達……の一部にとっては馴染みのある光景。

 カオスディスティニーにおけるガイアード王国の王城を思わせるものとなっていた。


「セイル様、アンゼリカ様をお連れしました」

「ああ、ありがとうタスリア」

「いえ、これも私の務めです」


 進み出たタスリアの報告にセイルは頷くと、ゆっくりと玉座から立ち上がる。


「あの2人は?」

「休ませています。後で報告書を纏めさせます」

「そんな硬いものはいらないぞ。日記程度のものでいい」

「畏まりました」


 一礼するとタスリアはセイルの玉座から少し離れた場所に立つ。

 横ではなく、謁見者から見れば斜め手前……といったような、そんな位置だ。

 タスリアにとっての定位置であるその場所に彼女が立ったのを確認すると、セイルはアンゼリカへと視線を向ける。

 

「待たせてすまないな、アンゼリカ」

「う、うむ」


 勿論、この部屋に招かれたアンゼリカはそんなものは知らない。

 知らないが……この玉座の間に立つセイルが、まるでそういう一枚の絵の光景のように似合っていて。

 少しの間、言葉を失いそうになってしまっていた。


「まだ詳しく報告を聞いてはいないが、随分な大所帯らしいな。やはり向こうで何かあったのか?」

「そう、じゃな」


 未だ圧倒されながら、アンゼリカは玉座の間を見回す。

 周囲に立つのは、ガレスと同じデザインの鎧を纏った王国重装兵の面々。

 統一された頑丈そうな全身鎧を纏った彼等の姿は何とも勇壮で、この場の重厚さの演出に一役買っている。

 玉座のセイルの左に立つのは、アミル。

 美しいミスリルの装備を纏ったアミルは気合を限界まで入れるかのような表情で立っているが、まだまだ慣れてはいない。

 右に立つのは、アンゼリカの知らない男……帝国将軍ゲオルグ。

 全身から不満を主張するかのような態度と渋い顔をしているが、事情を知らなければ苦み走った威厳のある男である。


「しかし、その。何やら知らん連中が増えたのう? 帝国の生き残りか?」

「チッ!」

「ゲオルグ。彼女に悪気はない。分かるだろう」

「フン」


 突然のゲオルグの舌打ちにアンゼリカが思わずビクリと震えるが、「帝国」と「生き残り」という言葉の組み合わせに不愉快になっただけなのでとりあず問題はない。

 しかし、セイルとしてはそれを説明するわけにもいかない。


「……まあ、色々と人材を集める機会に恵まれてな」

「そのようじゃのう。街中でゴーレムを見たぞ」

「ああ、活躍してくれているよ」


 言いながら、セイルは軽く咳払いする。


「あまり長話も良くは無いな。長旅で疲れているだろう」

「いや、そうでもないぞ。久々に会えたしのう」

「とはいえ、嬉しい再会と言うわけにもいかないだろう。国の件もある」

「……うむ。まあ、な」


 アンゼリカはそう言うと、思い出したようにずっと自分の身体に付けていた袋からキングオーブを取り出す。


「じゃが、キングオーブは持ち出しておる。これだけは手放せんからの」

「まさか置いていくわけにもいかないだろうしな」

「その通りじゃ」


 苦笑するアンゼリカにセイルも頷き、そこでセイルはタスリアへと視線を向ける。


「タスリア。彼女の家の手配は?」

「すでに済んでおります。兵に案内させましょう」

「頼む。アンゼリカ、まずはゆっくり休んでくれ。今後の事についてはタスリアを後日向かわせる」

「あ、ああ。感謝する」

「気にする事はない。家はたっぷり余っているしな」


 やがて兵士に案内されアンゼリカが玉座の間を出て行ったのを確認すると、セイルは小さく息を吐く。


「……やはり疲労は隠せていないようだったな」

「国を捨てる事になったのです。その心労は想像に難くありません」

「そうだな。しかし、これでヘクス王国の人間についてはとりあえず懸念は無くなった、か」


 人間の生存領域の中で、アシュヘルト帝国の生存者はゼロ。

 人の消えた各町や村から物資は回収できているが、それを使う人間はやはり居なかった。

 

 山に呑み込まれたというレヴァンド王国に関しては、未だ不明。

 切り立った山々に囲まれた「元レヴァンド王国」の国土は軽い気持ちで探索できるようなものではなく、恐らくはセイルを中心とする精鋭で挑まなければならないように見受けられた。

 

 スラーラン皇国。こちらは、獣人の斥候があちこちに放たれ下手に手出しをすると獣人との戦線が開かれかねない状況にある。

 故に、こちらも状況は不明。連絡を取る為に必要な装置は修理できないままだ。


「……一つ、思う事がある」

「なんだ?」


 呟くゲオルグにセイルが視線を向けると、ゲオルグからは「皇国とやらのことだ」と返ってくる。


「確かその国は、獣人共と戦争中なのだろう? 何故斥候などを放つ余裕がある?」

「何故って……敵が居ないか確かめる為なのでは?」

「考えの浅い小娘は黙れ、邪魔だ」

「うぐっ」


 アミルを一言で黙らせると、ゲオルグは苛立たしげに足を踏み鳴らす。


「いいか。戦争は可能な限り早く終わらせるものだ。グレートウォールとやらの向こうから帰ってきた獣人共に寄る辺となる国がないというのであれば尚更だ。補給線が存在しないのだからな」

「……確かに、食わなければ生きられない。付近の街から略奪しているかと思ったが」

「その段階は過ぎたと考えるべきだ。つまり……向こうの戦線で、すでに獣人共は斥候を出せる状況になっている。それが皇国とやらの滅亡という結果であるかまでは分からんがな」

「気になる言い方だな」

「断言するには情報が足りん。あの小娘の国の人間も受け入れ終わったのだろう? ならば、そろそろ『次』を見据え動くべきだろう」


 ゲオルグの意見にセイルは頷き、そこで静かに笑う。


「……やはりお前の視点は助かるな、ゲオルグ」

「調子に乗るなよセイル。貴様の『ガチャ』とやらに、いつかワルキリア様を喚び出す力が備わるかもしれん。それまでの協力関係だ」

「ああ、分かっている」


 たぶん、セイルの力が「ノーマルガチャ」である限りは星5である帝国皇帝ワルキリアを喚び出す日は訪れないだろう。

 それは散々説明しているはずだが……ひょっとすると、ゲオルグの心の中での妥協点なのかもしれない。

 今はそれでいい。不器用な男は、下手に何もしない方が上手くいくだろう。

 そんな事よりも、今は。


「……ウルザ、エイス、オーガン、ガレス、クロス。皆、無事でよかった」


 再び合流できた仲間達へと、セイルは心からの笑顔を向ける。

 新生ガイアード王国の始まりと、その仲間達の集結。

 それは今日、この日に成ったのだ。

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