ガイアード王国
ライフキーパーとの戦いから、幾ばくかの時が経過した。
人類……いや、ヒューマンと呼ばれる者達の国のうち、2つが滅び去ってから実にそれだけの時がたった。
その滅びた国の1つであるアシュヘルト帝国はライフキーパーを名乗る死霊術士によって人間全てを皆殺しにされており、そのライフキーパーも人間の英雄セイルとその仲間達によって打倒された今、元アシュヘルト帝国は巨大な空白地帯となっていた。
……その地に、セイルがガイアード王国の建国を宣言してからの間、実に数か月。
建国というものは決して子供の遊びではなく、それ故にセイル達の行動の迅速性は大きく損なわれる事になった。
何しろ、異世界人……「亡国の王子」などという肩書はついていても中身は一般人そのものであるセイルを含め、国家運営などというものとは縁遠い面子が揃っている。
人材も決して潤沢ではなく……けれど、アシュヘルト帝国の人間の肉体と魂の蒐集を目的としていたライフキーパーが手を付けなかったモノがアシュヘルト帝国には残されていた。
それ即ち、莫大な財。換金しなければ現金にならない宝物類はさておいて、山のような金貨の類も……すなわち、ガチャを引く為の代価がそこにはあったのだ。
仲間の為、世界の為。そんな大義名分は元々死に至るガチャ廃であったセイルのストッパーをロケットブースターに変化させる。
ガチャとセイルしか居ない精神世界に旅立ったセイルを何度もアミルが現実世界に引き戻しはしたが……ともかく、そんな事をしながら数か月が経過したのである。
「ようやく着いたのう」
アシュヘルト帝国の帝都リゼンブルグであった場所……を一人の体躯の小さな少女が眺め声をあげる。
彼女の背後には武装、非武装を含め多くの人員が従っており、彼女の周囲にいる武装した数人の者はその中でも異彩を放つほどに強い気配を放っている。
「確か今では……ガイアード王国の王都、ソルディオン……であった、かの?」
「そうね」
彼女の隣に立つ背の高い女が、そっけない様子でそう答える。
女の名はウルザ。セイルの仲間の1人にして、暗殺者だ。
ウルザはセイルの頼みであるから、こうして少女……ヘクス王国の女王アンゼリカの面倒をそれなりに見てはいるが、忠誠心の類は当然のようにない。
彼女の相手役を嫌々ながらも主にしていたのはウルザ同様にセイルの仲間である召喚士クロス。
今はウルザが相手をしているからこれ幸いと知らんぷりをしている少女であったりする。
そもそも、何故彼女達が此処に居るのか?
背後にいる多数の者達は何なのか?
それは、明らかに異常な速度で成長を続けるヘクス王国内の森にあった。
ライトエルフ、そしてダークエルフが居ると思われる森はヘクス王国全土に広がっていき、都市を呑み込む勢いであった。
王都ハーシェルもそれは例外ではなく、いざ呑み込まれた時にエルフ達がどう出てくるのかヘクス王国の誰にも判断など出来るはずもなかった。
それ故に王都を、そして国土を捨てざるを得ない状況へと晒されていたが……そこに現れたのが、案内人として先頭に立つ1人の少女と、1人の男だった。
「はい、今仰ったとおりに目の前に広がるのが旧……えーと、なんだっけ。ま、いいや。王都ソルディオンでございまーす!」
ペカッと擬音が鳴りそうな笑顔を浮かべる少女の名はコトリ。
冒険商人を名乗る彼女の背には大きなリュックが背負われており、その腰には彼女の使う魔導銃と呼ばれる不思議な武器が収まっている。
そして、彼女の隣に立つのはアミルを連想させる装いの一人の男。
王国剣兵ケヴィンを名乗る彼は、コトリに小さく溜息をつきながら苦言を呈する。
「……元アシュヘルト帝国のリゼンブルグだ。敬意を払えってセイル様に言われてたろ」
「払ってますよ? でも、もう二度と使わない名前でしょうに」
「お前は……」
頭痛を抑えるようなポーズをとるケヴィンの肩を、大柄の神官オーガンが叩き笑う。
「まあ、いいではないか。確かに彼女の言うことは真実ではあるしのう!」
「神官たる貴方がそんなだから……ああ、もう。とにかく此処まで来ればもう安全でしょうが、最後まで気を抜かないようにお願いします」
「うむ」
そう、案内人として現れたのはこの2人……コトリとケヴィン。
ウルザ達を呼び戻すついでなのだろうが、そちらで何か状況に変化があるならば客人として受け入れるというセイルからの伝言に、アンゼリカはこれ幸いと飛びついた。
ヘクス王国が失われるのはもはや避けがたく、残されたのは如何にして被害を少なくするかという計算のみ。
ならば、国を捨て亡国の身となるのもアンゼリカは厭わなかった。
すぐさま各地に使いを出し、国民や冒険者達を連れての大移動となったのだ。
そしてそれは正解だっただろう。
アシュヘルト帝国がガイアード王国という聞いたことのない国に代わっているのはともかく、元帝都……今は王都の頑丈そうで高い壁は、彼等にある種の安心感をもたらしたようだった。
「では、参りましょう」
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