死の集う城8

 何故だ。馬鹿な、馬鹿な。

 ライフキーパーの自問は「何故」から「馬鹿な」へと変化する。

 認められない。たとえ敗北の理由があったとしても、それはセイル達の勝利の理由ではないはずだ。

 あの魔族の英雄に負けるとしても、人間の英雄に負けるなど。

 そんな、そんな事が。


「認められるか……! それを認めたら余は……!」


 認められない。この敗北は許容できない。

 その一念がライフキーパーの崩れる身体を繋ぎ留め、城の壁に指を食いこませる。

 だが、もう片方の指は崩れきって使えない。

 ならばとライフキーパーは自らの身体を変質させ、空を飛ぼうと試みる。

 朝日の中で飛ぶのはアンデッドの身には自殺行為ではある。

 だが、それでも認められない。

 せめて、せめてあの男を殺さねば。その一念がメキリ、とライフキーパーの背中に翼を生んで。

 

「なっ……!」


 しかし、ライフキーパーは見た。

 今まさに戻ろうとした空の下。

 玉座の間の崩れた壁から自分向かって飛び降りる、二つの影を。


「サーシャ! フォローは頼むぞ!」

「まっかせてよ、セイル!」

「セイルゥゥウ!!」


 叫び、ライフキーパーは舞い上がる。

 まだ慣れぬ翼を羽ばたかせ、残った1つの腕で捻り潰してやろうとして。

 けれど、セイルの傍らでは一人の少女が紫電を纏い……セイルを「蹴って」加速する。


「いっくぞおおおおおお! ライトニングッ、アタァァック!」


 ライフキーパーの巨大な拳と、紫電纏う機械の少女の拳が激突して……ライフキーパーの拳が、鈍い音と共に爆散する。

 肉体は弱り切っていて、朝日の中で崩れつつある。その影響は、すでにライフキーパーの予想を超えていたのだろうか。悲鳴をあげるライフキーパーの下へと、ヴァルブレイドを振りかぶるセイルが落下し迫る。


「何故だ、何故だああ! 貴様等が余に勝てる要素などなかったはず! あの忌々しい水晶玉が貴様等に味方したとて、それでも余の方が強かったはずだ! なのに、何故!」


 それは血を吐くような切実な叫び。

 個人として最強の魔族に、魔族の王になったと騙ったライフキーパーに……しかし、セイルは淡々と答える。

 

「……決まっている。ライフキーパー、お前はどんなに強くても……結局、一人だった」


 たとえば、魔族がもう一人いたらどうだったろう。

 それこそシングラティオと共闘していたら、セイル達には勝ち目はなかっただろう。

 そうでなくとも、他の魔族が二、三人居ただけでセイル達は敗北していたはずだ。

 そうはならなかった理由は、ただ一つ。

 ライフキーパーが低位の魔族であるモンスターをアンデッドにする程に他人を信用していなくて。

 個人としての強さに異常なまでに拘ったからだ。


「そんなものおおおおおおお!」


 もう両腕は無い。それでもライフキーパーの翼はある。

 だからこそ、セイルを迎撃してやろうと、喰らってやろうとライフキーパーは翼を羽ばたかせて。

 しかし、セイルのヴァルブレイドの輝きに悲鳴をあげる。


「ヴァル……!」

「そんなものにイイイイイイイイイイイイ!!」

「スラアアアアアアアアアアアッシュ!!」


 ヴァルブレイドに集う光が、ライフキーパーを切り裂く。

 その巨体故に両断というわけにもいかないが……ダメ押しの一撃ともいえるセイルのヴァルスラッシュは、ライフキーパーの限界を超えた。

 今度こそ音もなくライフキーパーは霧散していき、サーシャとセイルは城の中庭らしき場所へと着地する。

 

「……そんなものに、お前は負けたんだ」


 もう聞いていないライフキーパーへと、セイルは告げる。

 結局のところ、両者の差はそれだ。

 セイルには絆を紡いだ仲間達がいて。

 ライフキーパーは、絆も仲間も信じられなかった。

 ただ、それだけの差なのだ。

 

「セイル、やったね!」

「ああ……」


 駆け寄ってくるサーシャが飛びつく態勢に入っているのを見て、受け止めようとセイルは振り向いて。

 しかし、そこでバランスを崩しフラついてしまう。


「うっ……」


 戦闘の疲れだろうか、激しい倦怠感……いや、虚無感のようなものがセイルを満たしている。

 そしてその理由に、セイルは心当たりがあった。


「だ、大丈夫セイル!?」


 駆け寄ってきて支えてくれるサーシャにセイルは「大丈夫だ」と答えるが……実のところ、あまり大丈夫ではない。

 これは、明らかにヴァルスラッシュの使い過ぎだ。

 使う度にセイルの中の何かが減っていくように感じていたヴァルスラッシュは、そもそも連発出来るものではなかった。

 だが、そうしなければ勝てなかった。半ば無理矢理繰り出していたその反動がきたのだろう。

 今此処にシングラティオのような奴が来たら勝てない。

 思わずそう考えてしまった時……その嫌な想像を現実にするかのように、セイルの視界に悠々と歩いてくる「誰か」の姿が映る。


「よーう、セイル。見てたぜ、中々のもんだった」


 剣が壊れたはずのシングラティオだったが、その腰には新しい……しかし以前持っていたものと比べると、かなり安っぽいデザインの剣があった。


「お、これか? その辺に落ちてたのを持ってきた。無いと格好がつかねえからな」


 言いながらカラカラと笑うシングラティオをサーシャが睨みつけ、その視線にシングラティオは全く怯まない。


「……遠目にも思ったけど人間じゃねえだろう、お前。一度戦ってみてえけど……ま、それは今は本題じゃねえわな」

「じゃあ何? セイルは疲れてるの」


 上の方で騒いでいたアミルが飛び降りようとするのを他の仲間達が羽交い絞めにしている光景をシングラティオはチラリと見上げ、大きな声で笑う。


「絆の力、か。なるほどな、それが『人間の英雄』ってわけだ! いいぜセイル。俺は『人間を認める』。お前等はしばらく放置しといた方が強くなりそうだ!」

「は? 何を……」

「お前にゃ話してねえよ、非人間の女。聞こえちゃいるんだろ、セイル? 俺達魔族の『今』の本拠地も本隊も此処にはいねえ。拘ってたあのバカだけだ」

「……それが、どうした」


 なんとか気力を絞り出すセイルだが、もはやサーシャに支えていて貰わなければ立てない程に身体から力が抜けてしまっている。


「どうしたってこたァないだろう。俺達魔族は、しばらく人間には関わらねえってことだ。別の戦闘狂の連中と遊んでくるからよ、絆の力だっけ? しっかりそいつを鍛えとけ」


 一方的にそう言うと、シングラティオはセイルへと背を向ける。


「あんまり失望させんなよ? やっぱり人間はゴミだなんて、俺に思わせてくれるなよ」

「べー、だ!」

「はっはっは!」


 舌を出すサーシャに振り向かないまま笑い去っていくシングラティオの姿を見届けて。

 セイルの意識は、電源が切れたかのようにブツンと途絶えた。

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