死の集う城7

 膝をついた黒焦げのライフキーパーを、セイル達はじっと見つめる。

 恐らくはクリティカルとでもいうべきダメージを与えたのだろう。

 動かなくなったライフキーパーは、一見倒したようにも見える。

 もしそうだとすると、6万の命とかいうのはハッタリだったということになるが……。


「倒した、のでしょうか?」

「さあ……な」


 それはセイルにも分からない。

 だが、その確信を得るべくライフキーパーへとセイルが近づいていくと……ライフキーパーが、ゆっくりと動き出す。


「……この程度。この程度で余を倒せると思ったか。確かに驚きはしたが……ぐう!?」



 動き出そうとしたライフキーパーが静止して、胸の辺りに、小さな輝きが灯る。

 その輝きに呼応するかのように、カオスゲートも小さく震え……ライフキーパーが動かないのを確かめながら、セイルはカオスゲートを取り出す。


「これは……」


 送信者:キングオーブ02


 人間の英雄よ、キングオーブ02は貴方に緊急の要請を行います。

 月神協定第一条一項に違反。黒の月神による直接干渉をキングオーブ02は感知しました。

 人間の英雄よ、キングオーブ02は月神協定に基づく力の解放を実行します。

 起動呼称「白の輝き」を貴方に託します。

 守られるべき月神の盟約が、貴方を通して過ちに罰を示す事を望みます。

 

「グ、ウ……これは、一体……!」


 黒焦げのままのライフキーパーが、再び動き出し小さく唸る。

 

「小癪な水晶玉め……黙って余の力になっていればよいものを……!」

「……そういうことか」


 キングオーブ02。恐らくはこのアシュヘルト帝国に安置されていたであろうキングオーブを取り込み、ラムザールはライフキーパーとなる為の術を完成させたのだろう。

 ……そしてキングオーブ02のメッセージを信じるのであれば、黒の月神による干渉もあったのだろう。

 6万の命の消失と、ライフキーパーへの改造。

 何処から何処までに黒の月神が関わっているのかはセイルには分からない。

 だが、それはルール違反であったらしい。

 白の月神によって送り込まれたセイル自身の事を考えれば、一体どんなルールであるのかは不明だが……今は確かめる術はないし、頼るしかない。


 ボロボロと焦げた表面の皮膚が剥がれ再生していくライフキーパーを見据え、セイルは輝くキングオーブ02へと腕を向ける。


「……白の輝き!」


 そう叫ぶと同時に、キングオーブがその輝きを一気に増す。

 ライフキーパーの再生が止まり、苦痛の悲鳴がその口から漏れ始める。


「う、がああああ! なんだ、なんだコレは! 余の、余の力が抜けていく!? 魂が……なんだ、何なのだ! うああああああああああああああ!」


 ライフキーパーの身体から、幾つもの輝きが飛び出していく。

 1つ、2つ、3つ……数えきれないほどのそれはライフキーパーから飛び出すと何処かへと飛んでいき……その度にライフキーパーから感じる圧力が減っていく。

 

「……魂が、解放されていく……」


 そんなクリスの言葉どおりにライフキーパーに囚われていた魂が解放されていっているのだとすれば、それは……ライフキーパー自身が語った不死性の崩壊でもあるだろう。


「馬鹿な、戻れ! 戻れ……ガアアアアアアア!」


 キングオーブ02の放つ光は容赦なくライフキーパーを攻め立て、やがてライフキーパーは耐えきれなくなったかのように自分の体の中に腕を突っ込む。


「この、忌々しい水晶玉め……! 余の中から出ていけ!」


 抉りだしたキングオーブ02を、ライフキーパーは思い切り床に叩き付ける。

 ひび割れる事もなく転がるキングオーブ02はそれでも光を放ち、やがてライフキーパーの中から抜けるものが無くなった時……ライフキーパーは、再生しかけた肉体をゆっくりと起き上がらせる。


「お、のれ……こんな、馬鹿な。あの忌々しい水晶玉の力は封じられていたはずだ。なのに、何故こんな」

「……その話はじっくりと聞いてみたいとも思うが」


 ヴァルブレイドを構え、セイルはライフキーパーと向かい合う。


「とにかく、お前の語った不死は……6万の命は解放された。此処から先は真っ向勝負ということになるな」

「フン、それがどうした。先程の一撃で余を殺しきれなかった貴様等に何が出来る!」

「ああ、そうだな」


 そう、サーシャとの協力攻撃ではライフキーパーを倒しきれなかった。

 だが……現時点での最高の攻撃力を誇るのは「それ」ではない。

 今、セイルが最大ダメージを叩きだす事の出来る技は。


「……イリーナ! やるぞ!」

「はいです、セイル様……さあ、やるですカオスアイ!」

「へいへーいっと」


 イリーナが叫ぶと同時にイザンナ=カオスアイの姿が消え、イリーナの帽子の「目」がギロリと開き……イリーナの身体が輝きに包まれる。

 恐らくはカオスアイが発しているのであろうその輝きはイリーナに吸い込まれて消える。

 そして……イリーナから、凄まじい量の魔力が溢れ出る。

 

「セイル様!」

「ああ、いつでも来いイリーナ!」


 イリーナが杖を、セイルがヴァルブレイドを天へと掲げる。

 カオスアイの補助を受けて杖へと強大な闇の魔力が集い、世界を震わせる。


「まだ……まだ何かするつもりか! させん!」

「闇よ!」


 セイルを吹き飛ばさんと走るライフキーパーの眼前で、天へと放たれた闇の柱がセイルの剣へと降り注ぎ吸収されていく。


「死ィ……ねええええええ!」

「ダークピアッシング!」


 高速の突きが。放たれた闇色の光線が、ライフキーパーの拳を貫き、腕を貫く。


「ガ、アアアアアアアア!?」


 ベイルティタンをも破壊したその一撃は、しかしライフキーパーを倒すには至らない。

 だが、それで充分。

 すでにセイルは走り出している。これを機とみたゲオルグもだ。


「メガ、スマアアアアッシュ!」


 ゲオルグのメガスマッシュが壊れかけのライフキーパーの拳を砕き、その横をセイルが走り抜ける。


「おのれ、おのれおのれおのれええええ!」

「カオスボルト!」


 セイルを叩き潰さんとするもう片方の拳をイリーナの放つカオスボルトの魔法が迎撃し、その狙いを僅かに逸らす。

 そして、それだけの隙があればセイルにはもう当たらない。


「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な! こんなところで、余が! 魔族の王たる余が!」


 拳でダメなら蹴り砕こうとライフキーパーは足を動かして。

 それを、輝くセイルのヴァルブレイドが迎え撃つ。

 純粋なる白い輝きが宿ったヴァルブレイドは……セイルの持つ必殺技の前兆。


「ヴァル……スラアアアアアアッシュ!」


 砕く。切り裂く。片方の足を失ったライフキーパーは大きく倒れ込み……それでもせめてこの場の全員を道連れにしてやろうと、「前」へと向かって倒れようとして。


「ヴァル、スラアアッシュ!」


 再度のセイルのヴァルスラッシュが、ライフキーパーを「後ろ」へと押し戻す。


「おのれ、おのれセイルウウウウウ!」


 自分の身体を駆けあがるセイルを睨みつけ、ライフキーパーは叫ぶ。

 何故、何故勝てないのか。

 これ程の準備をして、神の助力まで得て。

 絶対に負けない状況を用意したというのに、あんな小さな水晶玉に邪魔をされた程度で。

 そう考えるからこそ、認められない。

 あの時の、セイルとサーシャの協力攻撃。

 あの一撃がキングオーブ02を起動させた事を。

 キングオーブ02を取り込んでさえいなければ、勝てたかもしれないという事実を。


「ヴァル……」


 ライフキーパーの眼前に、セイルが迫っていた。

 輝くその刃を前にして……「何故」、と。認められない敗北の理由をライフキーパーは天へと問う。


「スラアアアアアアッシュ!」


 輝く一撃が、ライフキーパーを砕いて。

 城の壁を壊しながら落下していくライフキーパーは、朝の光の中で解けるように崩れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る