死都リゼンブルグ6
イリーナのやろうとしている事の意味に気付いたセイルは、思わずイリーナに「待て」と声をかけてしまう。
「確かに『それ』を使えば一時的にお前の能力は強化される。だが……大丈夫なのか?」
イリーナの使おうとしている「奥の手」は、間違いなくカオスアイによる「開眼」だろうとセイルは予測する。
全能力が2ターンだけ2倍。確かにそれであれば、イザンナとの契約は可能なのかもしれない。
だが……逆に言えば、2ターンだけなのだ。
その契約を維持し続ける事は可能なのだろうかという懸念がセイルにはあった。
「それを維持できるのは、およそ2分だ。契約というからには、維持コストもあるだろう?」
「あー……それは平気です」
「そうなのか?」
「はい、です。精霊との契約で魔力を大量消費するのは契約時だけで、維持コストというのは基本的に存在しないです……まあ、本の知識ですけど」
それを聞いて、セイルは考える。
まず、この精霊……であるらしいイザンナが未契約であるという時点で、死霊術士の罠という可能性は消えた。
精霊であるならば死霊術士が操れる対象ではないし、未契約であるならば誰かの影響下にあるわけでもないからだ。
無論、自主的に協力している場合はその限りではないが……イリーナが契約できるというのであれば、その可能性も消えるだろう。
問題があるとすれば、契約に関するメリットとデメリットについてだ。
「イリーナ。イザンナとの契約によるメリットとデメリットは何だ?」
「メリットは、精霊が持つ力を借りれるようになるです。デメリットは……精霊の力を借りる際には魔力などの代償が必要になる事くらい、らしいです」
「なるほど」
「問題ないように聞こえますね」
「ああ」
「よくわかんなーい」
アミルの言葉にセイルが頷き、サーシャが首を傾げる。
まあ、サーシャはひとまず放っておくにしても……それならばイリーナを止める理由はセイルにはない。
「分かった。やってくれ」
「はいです」
答えると同時に、イリーナは帽子をぐいと引っ張る。
「さあ、目覚めろです……カオスアイ!」
イリーナに応えるように帽子の目がギロリと開き……あの時のように、イリーナの身体に眩いばかりの光が吸い込まれていく。
「ヒッ……!?」
「逃げるなです」
その魔力の瞬間的な増大にイザンナが思わず身体を引こうとして……しかし、イリーナの言葉にビクリと震えて止まる。
「今ならいけるです……イザンナ、私はイリーナ。『よろしく』です」
差し出された手。その手をイザンナはじっと見て……やがて、ゴクリと唾を呑み込むような仕草と共にイリーナの手に触れる。
半透明の、その手が……イリーナの手に重ねられて。
カオスアイの見開かれた目が、ニヤリと笑うように細められる。
そして、その瞬間。イリーナからイザンナへと大量の魔力が流れ込む。
「あ、アアッ……!?」
「なっ!」
自分の中に増大した魔力が急速に抜けていく感覚に、イリーナが驚き手を離そうとする。
しかし、手は離れず……イリーナの中からイザンナへと魔力が流れ続ける。
「アア……ガガ、アアァッ……」
「く、う……っ」
その全てが終わった時……イリーナが膝をつき、イザンナの身体がふわりと宙に浮いていく。
「イリーナ……イザンナ!?」
セイルがイリーナへと駆け寄ると、イリーナは「だ、大丈夫です……」と小さく呻く。
カオスアイの瞳はすでに閉じており……しかし、セイルは荒々しくカオスアイの帽子をイリーナの頭の上から弾き飛ばす。
「おいおい……酷い事しないでくれよ。一応それ、俺の本体なんだぜ……?」
「なっ」
「え……」
身体から力が抜けて立てないイリーナを支えていたセイルと、助けに寄ったアミルが……その場に居た全員の視線が、その声の聞こえてきた方向へと向けられる。
ふわりと飛んできたカオスアイの帽子が再びイリーナの頭の上へと収まり、声の主……イザンナがゆっくりと身体を起こし地上へと降りてくる。
だが、その瞳の色は赤い色へと染まり口元にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいる。
先程までのイザンナではない。それは明らかだった。
「お前は……」
「や、どうもセイル様。こうして直接の挨拶では初めまして……魔族カオスアイ。お初にお目にかかる」
「カオスアイだと……!」
「ああ、アンタのカオスゲートとかいう板っ切れに俺の事が載っていただろう?」
魔界からの帰還者が纏っていた材質不明のローブ。
纏う者は闇へ抗う力を得るとも、闇へ誘われるとも伝えられる。
とある魔族が姿を変えたものだとも噂されるが……?
確か、カオスアイの説明はこうだったとセイルは思い出す。
とある魔族が姿を変えたもの。確かにそう載ってはいたが、それはフレーバーテキスト……「だからこうである」と現実には影響を及ばさないお遊びのものだ。
しかし、しかしだ。
カオスディスティニーの設定が現実になる事で、カオスアイの設定もまた現実に……真実になっていたとしたら。
今、目の前にいるのは……星3のローブ「カオスアイ」の……元となった魔族そのものだということになる。
「……なるほどな。噂ではなく真実だったということか」
セイルがヴァルブレイドに手をかけると同時に、全員が戦闘態勢に入って。
「お、いやいや。待った待った! 敵じゃねえって! そう慌てんなよ!」
ふよふよと浮かぶイザンナが……カオスアイが慌てたように手を横に振ったのは、ほぼ同時だった。
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