死都リゼンブルグ5

「……同類?」

「はい。アレは呪いでしたが、彼女はそうですね……場に残った記憶、とでも呼ぶべきでしょうか」


 そう言うと、クリスは石碑へと視線を向ける。


「恐らくは、遥か昔でしょう。この場で何らかの儀式が行われた結果、『イザンナ』の魂と肉体は消滅したと思われます」


 それが何かは推測するしかない。

 しかし、残されたものからクリスはその推測を組み立てた。


「そんな儀式があるのか?」

「珍しいものではありません。土地を鎮める為に命を捧げる儀式は、少なからず行われてきた事です」


 天井近くをふよふよと浮いているイザンナにちらりと視線を向けながら、クリスは語る。


「死霊術士が居るにも関わらず彼女が操られていないのは、彼女が死霊どころか、霊ですらないからです」

「だが、あの場所に焼き付いた呪いは土人形となっていたはずだ」

「アレも呪いが具現化しただけであって、操っていたわけではありません」


 死霊術士が居ても襲うでしょうね、とクリスは語る。

 

「なら、彼女は何なの? ボクにもしっかり見えるんだけど」

「そうですね。恐らく……という話になるのですが」


 サーシャの疑問に、クリスはそう前置きする。

 クリス自身、かなり推測が混じる話なのだろう。あまり自信が無いようにセイルには見えた。


「精霊……の類ではないかと。僕の専門からは、かなり外れる領域の話です」

「精霊……」


 セイルはイザンナを見上げ、そう呟く。

 何の儀式かは分からないが、この場所で生贄として捧げられて。

 死後にまで精霊として縛られているのであれば、そんな残酷な話はない。


「ただ、彼女は恐らく此処に葬られた『イザンナ』と同一ではありません」

「そうなのです?」

「はい。彼女はこの場所にある『イザンナ』の記録を使い現れた何者かであり、イザンナ本人でないのは間違いありません」


 イリーナはそれを聞いて、ふよふよと高度を下げてきているイザンナをじっと見る。


「その何者かって……何者です?」

「分かりません。こうして僕達に話しかけてきているのですから、意思はあるのでしょうが」

「えっと……私の話ですか?」

「です」


 分かっていない風のイザンナに、イリーナはそう頷いて……クリスへと視線だけを向ける。


「クリス。彼女は精霊。それは間違いないです?」

「そこは推測にしかなりません」

「役にたたねえです」


 そんな一言で切り捨てると、イリーナはイザンナをじっと正面から見つめる。


「な、なんでしょう?」

「……イリーナです」


 ちょっと引いた様子のイザンナに、イリーナは正面から手を差し出す。


「あ、はい。えっと……イザンナです。たぶん」

「『よろしく』です」

「は、はあ。よろしく……です?」


 イリーナの差し出した手に、イザンナも触れようとして。

 しかしその瞬間、バチッと火花が飛び散りイリーナが弾き飛ばされる。


「うぐっ……!」

「ひ、ひええええっ!?」

「イリーナ!?」


 セイルがイリーナへと駆け寄り、アミル達が剣に手をかける。


「え!? え!?」


 何が起こったか分からないという風にオロオロするイザンナをアミル達は油断なく見て……セイルに助け起こされたイリーナが「待つです……」と呟く。


「今のは私のミス、です。彼女は関係ないです」

「ミス? イリーナの、か?」

「はいです。彼女が本当に精霊なら契約できると思ったですが……強すぎて弾かれた、です」


 そう言って、イリーナはよろよろと立ち上がる。


「でも、これで分かったです。彼女は確かに精霊で、しかも『未契約』です」

「え? え? イリーナ殿。全然分からないでありますが」

「敵じゃねーって事です。キースは黙ってろです」


 そう言うと、イリーナは再びイザンナの前へと歩いていく。


「お、おいイリーナ」

「イザンナ。どうして私達を此処に呼んだですか」

「へ? え? ど、どうしてって」

「この世界の研究によれば、精霊がやる事には『その生まれ』や『性質』に根差した理由が存在するです」


 この世界の研究。つまりイリーナが読んでいた魔法書の事だろうとセイルは理解する。

 魔法について書いてあると思ったのだが、そんな研究記録じみた内容だったのだろうか?

 

「つまり、お前が私達を此処に呼んだのにも理由があるです。何をしたかったですか?」

「な、何って。私は助けようと思って」

「何からですか?」

「なに、から?」

「何から何を、何故助けようとしたですか」

「そ、れは」


 イリーナに問われて、イザンナの動きがピタリと止まる。


「私、は。わたし、は?」

「……」


 イザンナと向かい合うイリーナを、全員が見守る。

 何かが起こっている。そしてそれが、この事態の進展に繋がっている。

 そう理解できるからこそ、誰も口を出さない。


「わたし、は……」


 やがて再びそう呟いたイザンナは、ふにゃりと地面に沈み込むようにして顔だけを出す。


「分かりませんー……でも助けなきゃって、そう思ったんです。だから、貴方達かなあって」


 嘘をついているようには見えない、泣き出しそうなその姿にイリーナは小さく溜息をつく。


「なら、私と契約するです。そうしたら力を貸してやるです」

「え、でも。その契約? さっき失敗したとか」

「そういうとこだけ聞いてるのはムカつくですけど」


 イリーナは言いながら、帽子の縁に触れる。


「奥の手があるです」

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