死都リゼンブルグ7

「何が敵じゃない、だ」

「いいから待てって! ちゃんと理由があんだって!」


 ジリジリと後ろに下がるカオスアイにセイルは一歩前に踏み出て「聞かせて貰おうか」と答える。


「セイル様!?」

「聞くだけだ。それに……こいつをどうやって追い出せるかも分からんしな」


 イザンナごと斬るというのは、あまり良い手段ではない。

 どういう理屈でイザンナに憑りついているのかは分からないが、クリスの聖域でどうにか出来るかは試すべきだろうが……。


「聞けば納得だぜ? だって、こいつ……マトモな精霊じゃねえもんよ」

「そんなものは見れば分かる。恐らくは生まれ方に何か事情があるだろうこともな」

「そこだ。この『イザンナ』とかってのはな、たぶん『イザンナ』のものだろう姿を借りちゃいるが、その実、本人でも何でもねぇ。本人とそっくりさんどころか、本人と着ぐるみの関係に近ぇわな」


 本人と着ぐるみ。それは例えなのか、そのままの意味なのか。

 その判断に迷うセイルに、カオスアイは頷きながら自分の……イザンナの服の裾を引っ張る。


「そもそもイザンナを名乗ったコイツが情緒不安定で自己不明確だったのはな、本人じゃねえから……って事以上に、生まれたてだったってのがある」

「この場で生まれた精霊ということか。だがこのタイミングで何故そんなものが生まれる」

「いい疑問だぜ、髭のおっさん」


 ゲオルグを指差すと、カオスアイは自分の頭をつついてみせる。


「この『イザンナ』はな、この場の異常が産み出したイレギュラーなんだよ」


 イレギュラー。間違い。意味は分かっても、意図するところが誰にも分からない。

 それを理解しているのだろう、カオスアイはイザンナの顔で笑う。


「……話が長ぇのは好みじゃねえから、結論を言うぞ。『イザンナ』を名乗ってたコレは、この場に存在した儀式の停滞によって産まれた精霊タイプのモンスターだ」

「モ……」

「モンスター!?」


 全員の驚きの声が重なる。

 精霊タイプのモンスター。カオスディスティニーでも「暴走した精霊」のような敵ユニットはいたが、精霊タイプのモンスターなどというものは居なかった。


「コイツを乗っ取って理解したが、『助けなきゃ』ってのは別にこの街でも無ければお前等の事でもねえ」

「なら、何の事なんだ」

「決まってんだろ、この場にある儀式だ。四人の生贄による地鎮の魔法儀式。それが流れ込んだ大量の死霊とその魔力で停滞して淀んでる。結果として儀式は崩壊の危機を迎え、一種の防衛反応として『イザンナ』が生まれた……知らない話でもないんじゃねーか?」

「……ああ」


 確かにカオスディスティニーの「暴走した精霊」関連のシナリオも魔力の異常などの原因による防衛反応……といったような原因だったとセイルは思い出す。

 しかし、そんなものが現実に起こったということなのだろうか?


「でも、それは乗っ取った理由にはならねーです」

「なるさ」


 イリーナの問いに、涼しげな口調でカオスアイは返す。


「言ったろ? マトモじゃねーんだ。新たに生贄を捧げて儀式を立て直すぐらいの事は言いかねない。そうなる前にこいつを乗っ取って、バラバラの知識を組み立ててやったんだ。感謝してほしいね」

「でもさー、それが真実だって保証は何処にあるの?」

「保証書がついてるモノなんて驚く程少ないぜ、骨董品のお嬢ちゃん。強いて言えば『俺を信じろ』ってやつだな」


 サーシャにそう返すと、カオスアイはイリーナへと視線を向ける。


「ま、安心していいのは『契約』自体はちゃんと結ばれてるって点さ。こいつの能力を『地鎮』の精霊として俺が纏めたから、今後は『イザンナ=カオスアイ』として使役できるぜ、主殿?」

「……イザンナはどうなったですか」

「言ったろォ? イザンナなんてのは存在しねえ。こいつの中には『イザンナ』の他に3つ名前がある。ちょっと目を離したら名乗る名前が変わってても不思議じゃねえぜ」


 なるほど、確かにイザンナが【南の乙女】であるのならば、東西南北に同様の生贄が存在するという事になる。


「だが、お前の言う事を信じるのならイザンナを構成した儀式は崩壊の危機にある。崩壊してしまえば、消えるんじゃないか?」

「それも問題ねえよ。俺が乗っ取った時点で分離してるからな。儀式自体はまもなく崩壊するが、それは魔法的な話であって特に問題もねえ」

 

 別にこの場所が崩れたりもしねえしな、と笑うイザンナ=カオスアイに、クリスが進み出る。


「お、どうした兄ちゃん」

「問います。乗っ取ったと言いましたが……貴方は魔族カオスアイ本人なのですか?」

「あー、それか。ちょっと違うな。この身体はカオスアイ本人に紐づけした魔力の塊だから、何かあったら本体に戻るだけだ。もっと言えば、契約してる主殿にも繋がってるんだけどな」

「それは……いえ、まさか。イリーナさんが貴方と……魔族と契約したという事では」


 全員に視線を向けられたイリーナが「えっ」と声をあげるが、イザンナ=カオスアイはカラカラと笑って否定する。


「そんな大層なもんかよ。あくまで『精霊イザンナ=カオスアイ』との契約だし、魔族に精霊みたいな契約の概念はねえ。そもそも俺を散々便利に使っといて今更何言ってんだ?」

「う……」

「ま、そんなわけだ……さて、楽しい雑談の最中にバラバラの知識の整理整頓も済んだ。建設的な話といこうじゃねえか?」

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