死都リゼンブルグ2

 そう、幽霊。それを表現するには、そんな言葉しかなかっただろう。

 そうでなければ、閉まっている扉から頭が生えている理由など説明できない。

 しかしそうだとすると、一つの可能性が頭に浮かんでくる。

 そしてそれは、セイルだけではない。

 全員が武器を構え、その姿に少女が「ひえっ」と怯えたように扉の中に引っ込む。


「セイル様、今のは……」

「幽霊に思えるが……クリス、どうだ?」


 アミルの疑問にそう返しつつ、セイルは専門家のエクソシストであるクリスにそう問いかける。

 しかし、クリスからの返答はセイルの想像していたものではなかった。


「……分かりません」

「分からない?」

 エクソシストであるクリスにとって、幽霊関連はまさに専門のはず。

 そんなクリスから返ってきた「分からない」という言葉はゲオルグに舌打ちさせ、セイルの中に混乱を生んだ。


「幽霊だろう、あれは?」

「そうであれば分かります。しかし、どうにも違う気がするのです」

「すまない。もう少し分かりやすく説明してくれないか」


 どうにも違う気がする、だけでは誰にも分からない。

 幽霊であるのならば魔族の死霊術士による罠の可能性が高いし、そうでないならば貴重な協力者であるかもしれない。

 その辺りの判断がつかなければどうしようもないのだ。

 そうした想いを込めたセイルの言葉に、クリスは悩むように……しかし、迷わない動きで扉に手をかける。

「入ってみましょう。そうすれば分かるはずです」

「んん? い、いや待て。それは」

「心配ありません。この手の現象に尻込みしていてはエクソシストは務まりません」

「だから待……あっ」


 扉を開けてしまったクリスにセイルは「あー……」と呟き、ニヤニヤしているゲオルグの気配に気付き振り返る。


「……なんだゲオルグ。言いたい事があるなら言え」

「勇猛な部下ではないか。なあ? 味方を全滅させてくれるタイプだ」

「きっとクリスなりの勝算があったんだろう」

「だといいんだがな」


 実際セイルも「こいつ結構問題児だな、実は」などと思っているのだが、今はもうどうしようもない。

 どのみち、何らかの決断は下さねばならなかったのだ。

 

「ひえっ!?」

「恐れる事はありません。僕は貴女を安寧へと導くものです」

「だから待てクリス。除霊前提に話を進めるんじゃない」


 流石に看過できないセイルがクリスをゴツンと叩くと、アミルが素早く口を塞いで回収する。

 その素早い連携に半透明の少女が少し脅えるが、セイルは努めて優しい笑顔を浮かべる。


「怖がることはない。俺達を招いてくれた理由について聞きたいんだ。彼も……あー、君が邪悪な奴に利用されないようにしようと気を利かせただけでな?」

「……」


 自分をじっと見上げている半透明の少女の視線にセイルはしっかりと目を合わせる。

 敵意がない事を示せれば……と思ったのだが、少女は軽く目を背けてしまう。


「……その、えっと。とにかく中に入って扉を閉めてください。大丈夫ですから」

「ああ、そうしよう」


 セイルが背後の仲間達に視線を向けると、全員が……ゲオルグは嫌々といった風だが、とにかく全員が中に入り扉を閉める。


「俺はセイルだ。後ろに居るのは仲間達だが……自己紹介の時間はあるか?」

「私はイザンナ、らしい……です。たぶん初めましてでよいと思うのですが」

「らしい?」

「たぶん?」


 セイルとイリーナが、それぞれ違う箇所に反応する。

 セイルは少女が自分の名前に疑問形なところを不思議に思った。

 イリーナは、「たぶん」かつ「初めまして」な人間を此処に招き入れた事に疑問をもった。

 しかし、二人の共通する考えは「随分と記憶がふわふわしている」だった。


「たぶん、と言ったが……君は、記憶が?」


 幽霊になって記憶喪失。

 そういうのは有り得ない話じゃないとセイルは思う。

 前世の創作物ではあるが、その手の話を何度か読んだこともある。

 ……もっとも解決策までは分からないのだが。


「なんと、説明すればいいんでしょう……」


 少女はセイルの質問に悩むような様子を見せると、自分の背後にチラリと視線を向ける。


「セイル。普通に考えれば時間稼ぎだぞ。アンデッドの群れが此方に向かっている最中かもしれん」

「ゲオルグ、そう疑うな。イザンナ、君の目的はなんだ? まずはそれから教えてくれ」

「フン、相変わらず女に甘い」


 ゲオルグの嫌味を聞き流しながらセイルがイザンナに問いかけると、イザンナは「えっと」と声をあげる。


「此処は今、生きてる人は居ないはず、なので。助けられたらいいな……と」

「助ける……どうやって?」


 その言い方からすると、やはりイザンナも「生きてはいない何か」なのだろうとセイルは思う。

 同時にイザンナへの警戒度を心の中で引き上げるが……これが死霊術士の誘いだというのであれば、そこから企みを食い破る何かが見つかるかもしれない。

 

「いえ、その。助けられるかは分からないんですけど……とにかく、此方へ」


 そう告げると、少女は部屋の奥へと進み……そこで、床に吸い込まれるように潜っていった。

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