死都リゼンブルグ3

「え。今床に沈んだでありますか!?」

「ど、どうやってついて来いと?」

「落ち着け」


 オロオロし始めるキースとアミルを宥めると、セイルはイザンナが消えた床の辺りへとしゃがみ込む。

 正方形の石を敷き詰めて作ったらしい石造りの床をさすり、セイルは調べ始める。

 触れ、叩き、そこに何かがないかを確かめ始める。


「……よく分からんな」

「えっ」


 何か見つけると期待していたらしいアミルがそんな声をあげるが、セイルは当然のような顔をして立ち上がる。


「仕方ないだろう、俺はこういうのは素人なんだ」

「いえ、それはそうかもしれませんけど」

「隠し部屋の入り口があると思ったんだがな。俺には見つけられんようだ」


 ウルザなら分かるのだろうか。そんな事をセイルは考えるが……ウルザにはヘクス王国で頼んでいる事も多い。やはりこちらに連れてくるわけにはいかなかっただろう。


「イリーナはどうだ? 何か見つけられないか?」

「えっ」


 ウルザのような特殊職ではないが魔法を使う頭脳派なイメージのあるイリーナなら……と期待したセイルだったが、イリーナから返ってきたのはそんな反応だ。


「無理か?」

「無理っていうか……え。なんで私に出来ると思ったですか」

「……頭良さそうだからだが。何か間違ってたか?」

「魔法使うのと罠見つけるのは違うですよ……」

「そうか? そうか……」


 言われてみるとそうだな、とセイルは思い直す。

 それでもイリーナなら……という期待感はあったのだが、やはり畑違いだっただろうか。


「他の皆はどうだ?」


 そう言うと、二人を除いて全員が目を逸らす。

 その二人がゲオルグとサーシャであった事にセイルは意外そうな顔をする。


「何か策があるのか?」

「策など要らん。単純だろう」

「床の下に何かあるなら壊せばいいと思うなあ」


 言いながらゲオルグは斧に触れ、サーシャは拳をガツンと突き合わせる。


「いや……それは……間違ってはいないかもしれないが」

「こんな所で悩んで時間を使うより余程ましだ。どけ、儂がやってやる」


 言いながらゲオルグは前に進み出ようとするが、にゅっと床から出てきたイザンナの顔に「うおっ」と声をあげる。


「あのう……出来れば壊すのはやめていただけると……」

「亡霊娘が。ならば道を示せばいいだろう」

「そんな事言われても……私も知らないですし……」

「ならばどけ、壊す」

「やめてくださいぃ……」


 押し問答を始めたイザンナとゲオルグ。

 問答無用で壊さない辺りはゲオルグの優しさなのだろうかとセイルは思いながらも、「ある可能性」に気付きゲオルグの肩を叩く。


「ゲオルグ、ちょっと待ってくれ」

「もう待っただろう。まだ無駄に時間を費やすつもりか」

「そう言うな。あー……イザンナ。そちら側から見て、この床はどうなっている?」


 セイルに聞かれて、イザンナは「へ?」と間の抜けたような声をあげる。


「この床の下から何処かに行ける。それは間違いないんだろう?」

「はい。それはもう」

「だが、俺達は君のように通り抜けていくわけにはいかないんだ」


 セイルが優しくそう言うと、イザンナはポカンとした表情になってしまう。


「そ、うなんですか……?」

「ああ、そうだ」


 言いながらセイルはやはり、と確信する。

 どうにもイザンナ自身の記憶があやふやな所から、ひょっとすると自分の出来る事が基準……つまり「普通の人間に出来る事」なのだと思っている可能性をセイルは考えた。

 そしてどうやら、それは正しいようだった。


「だから聞きたい。この裏はどうなっている?」

「えっと……見てきますっ」

「そんな事聞いてどうするの、セイル?」


 床下へと引っ込んだサーシャにセイルは「すぐに分かる」と答え待つが……イザンナは然程時間のかからないうちに再び床下から顔を出す。


「えっと……なんかこう、出っ張った取っ手みたいなのがついてます」


 こう四角いのです、と身振り手振りで示すサーシャにセイルは頷き、何も特殊な仕掛けの無い、サーシャの言う通りの「取っ手」であろうと予測する。

 となると、やるべき事は簡単だ。


「イザンナ、ちょっとこっちに出てきてくれ」

「え? はい」


 すうっと床から出てきてセイルの前に立つイザンナに「……もう少し横に」と言うと、イザンナはその通りにすっと避けていく。


「さて、では始めるか」


 セイルはカオスゲートから鉄の剣を取り出すと、逆手に握る。

 そしてそのまま床の隙間に突き刺すと、勢いよく床を持ち上げる。

 ガコン、と音をたてた床はどうやら本当に隠し扉であったらしく、イザンナの言ったとおりに持ち上げる為の……いや、内部から閉じる為の取っ手が内側についていた。


「これは……」

「取っ手がついているなら、方向さえ分かればこうやって開けられるからな」


 言いながらセイルは鉄の剣を再びカオスゲートへと格納する。


「その剣を使ったのは何故でありますか?」

「ん……」


 キースの当然の疑問に、セイルは少し言い淀む。


「ああ、いや。単純な話なんだがな……ヴァルブレイドは、斬れ過ぎるんだ」

「はあ、それが?」

「うん、つまりだな。ヴァルブレイドでやると、必要以上に砕きかねない。だからだ」


 うっかり粉々にしてしまってはたまらない。

 ここまで手加減攻撃などというものをやってこなかったセイルの弱点でもあるが……攻撃力の高すぎるヴァルブレイドの弱点でもあるだろうか。

 そんなセイルの言葉に……何も分かっていないイザンナ以外は、とても……とても、微妙な表情になってしまったのだ。

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