死都リゼンブルグ

 それから数日。襲撃らしい襲撃もないままにセイル達は帝都リゼンブルグへと到着した。

 不気味なまでの順調さ。その気味の悪い感覚は、リゼンブルグを見て一気に高まる事になる。


「……あれは……」


 帝都リゼンブルグを見下ろす、緑の月輝く丘の上。

 そこに立つセイル達は、あまりにも不気味な光景を目にしたのだ。


「モンスターのアンデッド、です……?」


 そう、イリーナの言葉通り。

 明らかに死んでいるモンスター達がゆったりとした動きで列をなし、リゼンブルグへと向かっていく光景があった。

 その中にはセイル達が倒してきたようなアースワーム、ゴブリン、サイクロプス……そういった様々なモンスターの姿が混ざっている。

 それだけではない。ゴーストの類だと思われる半透明のモンスターも列に混ざり進んでいるのだ。

 無数のモンスターアンデッド達が帝都に入っていく姿は、それだけで不気味の一言に尽きる。


「アレを相手するでありますか……ゴーストに斧って通じるでありますかねえ?」

「ゴーストでしたら聖域で力を弱められるとは思いますが……」

「違う、二人とも。問題はそこじゃないんだ」


 モンスターアンデッド達の隊列を見ながら、セイルはそう口にする。

 そう、そうなのだ。

 問題なのはモンスターアンデッドの数でも、無数のゴースト達への対抗策でもない。

 それはそれで重要だが、そこではないのだ。

 何故なら。


「あのモンスター達をアンデッドにしたのは死霊術士だろう、それは間違いない」

「そ、そうでありますね?」

「それなら、だ。アンデッドになる前のモンスター達を死骸へと変えたのは……何処の誰だ?」

「へ?」

「確かに……自殺でもない限り、モンスターを殺した奴がいる、です」


 イリーナの言う通り、生物をアンデッドに変えるには殺さなければならない。

 勿論生きたままアンデッドに変えるような外法が存在するのかもしれないが……あまり考慮するべき可能性ではない。

 それよりも、可能性が高いのは……つまり。


「アンデッドを作る為にモンスターを殺したってこと、ですか……?」

「そうだ、アミル。その可能性が高い。しかし何故かとなると、な……」


 勿論想像することは出来る。

 モンスターは低位の魔族だというが、同じ魔族である死霊術士に従わないのかもしれない。

 そんなモンスター達を従えようと思えば、アンデッドにするのが手っ取り早いだろう。

 それによって性能が変化するとしても、充分な戦力増強になる。

 しかし……本当に「そう」だろうか?

 セイルには違うような気がしてならなかった。


「一体、死霊術士は何を考えている……?」

「くだらん。それ以上考えていて名案が浮かぶのか」

「む」


 ゲオルグの言葉に、セイルは思わず隣に立つゲオルグへと視線を向ける。


「此処から先、失敗は許されない。考えすぎて損は無いと思うが?」

「いいや、損だ。万が一アレが儂等から自分の居城を守る為の戦力だったらどうする。時間がたてばたつ程防衛力は高まるぞ」

「……それは確かに、な」

「ならば突っ込むしかあるまい。元よりそれ以外の道が何処に在る」


 それは、確かにその通りだ。しかし無策で突っ込む事ほど愚かな事がないのも確かだ。

 セイルは目を閉じ、考える。

 現状でとれる方策、今の戦力。必死で考え、セイルはやがて決定する。


「……よし、帝都に突入するぞ」

「はい!」


 元気なアミルの返事を皮切りに、全員が……ゲオルグは舌打ちだったが、とにかく全員が返事を返す。


「隊列は此処に来るまでと同じだ。俺を先頭に」

「突っ込むんだね!?」

「いや、ゆっくりと忍び込む。不要に騒いで警戒心を煽る必要はない」

「えー……」


 残念そうなサーシャに「分かってくれ」とセイルが諭すと、サーシャは静かに頷く。


「目指すべきは眼下の門だ」


 壁に囲まれた帝都の門は開け放たれ、侵入者を防ぐ為の衛兵の一人すらも立っている様子はない。

 ならば潜入は簡単だろう。

 どの程度まで死霊術士がセイル達の動向を探れているのかは分からないが、少なくともリアルタイムでないのは間違いないのだから。


「よし……行くぞ!」


 セイルを先頭に、全員が丘を駆け下りる。

 暗い夜の中、セイル達は何の障害もなく帝都の門を潜り中へと入り込む。

 見張り台にも門の前にも見張りの姿は無く……何処にも、生き物の姿は無い。

 ただ帝都の中にあるのは、静寂だけだ。


「……やはり誰も居ない、か」


 生存者がいるなどとは期待していない。

 しかし、見張りのアンデッドくらいは居ると思ったのだが……その姿もない。

 帝国一つ分……いや、最低でも帝都一つ分の死体など、帝都のあちこちに置かなければ保管しきれないはずだが、何処にもアンデッドの放つであろう死臭はない。

 まさか帝都の中央の城に詰め込んでいるわけでもないだろう。

 同様の疑問を全員が抱いたようで、あちこち見回しているが何も見つかりはしない。

 ならば城に進むしかない。そう考えた、その時。


「こっち、です……」


 そんなか細い声が、セイル達の耳に届く。


「そこの方、こっちへ……早く、早く」


 半透明の……およそ15、16歳ごろに見える少女の幽霊らしきものが、近くの家の扉から少しだけ頭を出して呼んでいた。

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