帝都進撃三夜目:見えぬ企み

 そして、夜がやってくる。

 空には白の月が輝き、淡く地面を照らしている。

 夜に真価を発揮する死霊術士が相手である以上、夜に眠るわけにはいかない。

 セイル達は油断なく街道を進み……しかし、先頭を歩くセイルがその足を止めた事で全員が停止する。


「どしたの、セイル?」


 右を担当していたサーシャにそんな質問を投げかけられ、セイルは「いや……」と唸る。


「たいしたことじゃない。だが……いや、そうだな。今日はモンスターと会わないな、と思ったんだ」


 モンスター、あるいは土人形。どちらかの襲撃はあるかと思ったのだが、今日は無い。

 土人形に関してはいい。あれは人里に近づかなければ襲ってはこないだろう。

 しかしモンスターはどういうことなのか?


「先日の戦闘で品切れとかなんじゃないでありますかねえ」

「品切れかはともかく、あの村に付近のモンスターが集まる事で一時的な空白地帯が出来ている可能性はあると思われますが」


 キースとクリスの意見に、セイルはふむと頷く。

 確かに有り得ない話ではない。

 あれだけモンスターが集まっていたのだ。付近のモンスターが全て集まっていたと考えるのは不思議な事ではないし、そこに疑問は無い。


「……だとすると、少々行軍速度を上げるべきか?」


 左を担当しているゲオルグにセイルが視線を向けると、ゲオルグは不機嫌そうな顔になる。


「儂を見るな。貴様の軍師やら相談役やらになった覚えはないぞ」

「そう言うな、今は仲間だろう?」

「調子に乗るなよ、セイル。貴様などいつ切り捨てても構わんのだ」

「だがな、ゲオルグ。お前にとっても今は俺達を利用した方がいい。違うか?」


 セイルの言葉にゲオルグは小さく舌打ちすると、仕方なさそうに口を開く。


「セイル。確かそこの専門家とやらが遠隔死霊術の可能性を指摘したのだったな?」

「……? ああ、それがどうかしたか?」

「どうかしたか、ではない愚鈍が。死霊術を遠隔で放てるような奴が、何故この瞬間に死霊術を発動させていない?」

「どういう意味だ」

「本気でどうしようもないな貴様は」


 呆れたような溜息と共に黙ってしまったゲオルグに代わり、イリーナが口を開く。


「……つまり、この場にはアンデッドに出来るようなものが無い、あるいは自動で放たれるようなもの、ということです?」

「いえ、しかし。それはおかしな話です。不毛の荒野であるわけもなし、何かの死んだことのない土地などあるはずもありません」


 クリスがそう疑問を呈すると、最後尾にいたアミルが声をあげる。


「ですが、確か神殿の土地などはアンデッドが出ないとされていますよね?」

「アレは神殿の土地が強力な聖域であるからです。アンデッドなどが生まれる余地はありません」

「だとするとクリス。そうした前提を踏まえた上で、お前はどう考える?」


 セイルに問われたクリスは考えるように眉をひそめ……やがて、一つの結論を導き出す。


「考え得る可能性としては、そうですね……此処に在ったはずの『アンデッドに成り得る存在』、あるいは『アンデッド』は何処かに運ばれた、という辺りでしょうか」

「防衛用、です?」

「なるほど、死霊術士であればアンデッドが多いほど戦力は単純に増す……道理でありますね!」

「単純に考えると、そうなりますが……」


 イリーナとキースの言葉に、クリスは歯切れの悪い言葉で返す。

 セイルはそれを自信が無いからかと思ったのだが……アミルの言葉にハッとさせられる。


「だとすると、魔族の死霊術士とやらは凄まじい魔力を持っているのですね……」

「ええ、もし私の言った通りだとするとそうなりますが」

「いや、有り得ん」

「え?」


 明確に否定したセイルに、アミルが疑問符を浮かべる。

 何処にも否定する余地などなさそうなのに、何故セイルが否定したのか分からなかったのだ。


「もしそんな魔力があるのなら、俺達は昨晩もっと追い詰められてよかったはずだ」

「……フン、だろうな」


 セイルの言葉にすぐに同意したのはゲオルグだけで……しかし、すぐにキースも「あっ」と声をあげる。


「そういえば昨日の敵……アンデッドが居なかったであります」

「そうだ。いや、それだけじゃない。ここまで俺達が斬り殺したモンスターがアンデッドになって襲ってくることは無かった。土地に残った呪いを土人形へと変えて襲わせるのに……だ」

「確かに……考えると変ですね」

「一貫してないです」


 アミルとイリーナが同意し、何故かを考え始める。

 しかし、その答えが出る前にゲオルグが口を開く。


「つまり、だ。魔族の死霊術士とやらにも限界がある。あるいは……何かアンデッドそのものを使わない『狙い』があるかだ」

「ゲオルグ将軍……その狙いって何でありますか?」

「そんな事まで儂が知るか」


 吐き捨てるように言うゲオルグにキースは思わずそっとゲオルグから距離をとる。

 

「その狙い……理由が問題だ。死霊術士には、俺達を殺そうという意思はある。それは明確なんだからな」


 アンデッドもどきのような土人形しか使わない理由。

 それを考えても答えが出るはずなど無い。

 無いが……何か恐ろしい企みに繋がっているような……そんな予感が、セイルにはしていた。

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