帝都進撃三日目:夜明け

 村を突破した後にモンスター達が追ってくるということはなく。

 しかし、そのまますぐに休むという気にもならずにセイル達は街道を進み……村が見えなくなった辺りで、ようやく立ち止まる。


「……フン、ここまで来れば追ってこないだろう」


 先頭を走り続けていたゲオルグが止まると、まずは体力を使い切っていたクリスがその場に崩れ落ちるように倒れ込む。


「も、もう……無理、です……」

「ハハハ、俺も流石に……であります……」


 イリーナを抱えていたキースもイリーナをゆっくりと地面に置くと離れた場所にヨロヨロと座り込んでしまう。


「全くもう……だらしないですね」

「アミル殿達が異常なんであります……」


 言われて、セイルは疲れている面々とそうでない面々を見比べる。

 気絶したままのイリーナは別として、キースとクリスは疲れ切っている。

 特にクリスの消耗ぶりは酷い。


 一方、ゲオルグは多少疲れてはいるようだがそれを見せない。

 アミルはやはり少し疲れてはいるようだが、まだ余裕そうではある。

 そしてセイルは……まだまだ走れそうではあると自覚している。

 この差がレベルによるものかどうかは分からないが、カオスゲートに表示されない「体力」のようなものがレベルが上がるごとに強化されていたとしても不思議ではない。


「幸いにも夜は明けた。いったん休むとしよう」

「そうしてほしいであります……」


 そう声をかけると、セイルは未だ気絶したままのイリーナへと近づいていく。

 息をしているところを見ると、死んでしまったというわけでは断じてない。

 しかし、それでも起きないというのは……。


「……くそっ、この手の知識は無いからな」


 たとえばこの場にオーガンが……神官が居たとして、どうにかなったか分からない。

 彼はあくまで神官であって、医師ではない。


「セイル様、イリーナは……」

「気絶しているように見える。だが……おい、イリーナ」


 軽く肩を叩いてみるが、イリーナが起きる様子はない。

 呼吸に怪しいところもないし、寝ているのだろうかとすら思ってしまう。


「フン、診せてみろ」


 ガチャガチャと音をたてながら歩いてきたゲオルグは一方的にそう告げると、イリーナの側に膝をつき覗き込む。


「……どう、だ?」

「知るか。儂は医者ではない。だが……そうだな、ライフウォーターがあるなら使え。それで起きるだろう」

「それでいいのか?」

「知るかと言ったろう。だが大抵の身体の異常は軽ければライフウォーターで治る。そんなものは常識だろうに」


 そんな常識は知らない。知らないが……ゲームでのライフウォーターやライフポーションの能力を現実に再現するとそうなるのだろうか、とセイルは思う。

 そうだとすると……このライフウォーターは、セイルの考えていた以上の代物であるのかもしれない。


「そ、うか。それなら」


 カオスゲートを操作し、セイルはライフウォーターを取り出してイリーナに飲ませようとして。

 しかし、そこでピタリと手を止める。

 

「寝ている人間に……どうやって飲ませたらいいんだ?」

「あの、セイル様。私がやりましょうか?」

「……頼む」


 アミルはセイルからライフウォーターを受け取ると、しばらく手を彷徨わせる。


「起きないんだから……やはり頭、でしょうか?」


 そんな事を言いながらイリーナの額に少しずつライフウォーターをかけていく。

 そうしていると……やがて、イリーナの瞼がピクリと動く。


「う……」

「イリーナ!」

「へ? セイル、様……」


 セイルが手伝い身体を起こしてやると、イリーナは辺りを見回して「げっ、ゲオルグ!」と声をあげる。


「御挨拶だな、小娘」

「セイル様! こいつ喚んじゃったです!?」

「あー……いや、まあ……な。だがお前を起こすアドバイスをくれたんだぞ」

「えっ」


 イリーナは言われてゲオルグを訝しげに見ると、軽く頭を下げる。


「それは、世話になったです」

「そう思うなら、1つ質問に答えて貰おうか」

「な、なんです?」


 一体何を聞くつもりなのか。

 セイルとアミルが自然と身構える中で、ゲオルグはその「質問」を口にする。


「この男、儂の知るセイルとあまりにも違う。とはいえ、王剣を所持している以上偽者ではあるまい。一体何があってこうなった?」

「……言ってる意味が分かんないです」

「一兵卒にこれ程までに気を遣う男ではなかっただろうと言っている。それとも、そうしなければならない程王国軍は疲弊しているのか? いくら何でも少数精鋭すぎるだろう」


 ゲオルグの言っている意味を理解しようとイリーナは黙り込み……やがて「ケッ」と悪態をつく。


「何を言うかと思えばくだらねーです。セイル様はセイル様であって、他の何者でもないです。悪巧みで脳が詰まってるから、そんなアホな事思いつくです」

「……フン」


 全く意に介さないかのようにゲオルグは鼻を鳴らし、立ち上がる。


「……記憶に妙な空白がある」

「……」


 ゲオルグの言葉を、セイルは無言のまま受け止める。


「貴様と戦った事実もヴォ―ダン様のお言葉も、確かに記憶にある。だが詳細を思い出そうとするとぼやけるし、どうにも寸断されたように細切れだ」

「それは」


 それは、セイル以外の全員が同じであるはずだ。

 ゲームのユニットを現実とし、そうであるが故の空白。

 しかし、そんな事を言うわけにはいかない。だから、セイルは今まで同様に偽りの真実を告げる。


「全員が同じだ。この世界に来る時の影響か……記憶に空白と混乱がある」


 セイルの言葉に、ゲオルグはジロリと睨みつけてくる。


「それだけではない。儂は貴様を間違いなく憎んでいる。だが同時に、力を貸してやろうという不可思議な衝動がある。これは有り得ん感情だ」


 ……確かに、ゲオルグはカオスディスティニーのストーリーでは仲間になっていない。

 故にストーリーでは語られる事は一切無い。

 仲間になった後のサブストーリーでは何かが語られているのかもしれないが……少なくともセイルはその内容を知らない。


「知っている事を話して貰おうか、セイル。その奇妙な板切れの事も含め……な」

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