帝都進撃二夜目:銀の夜7

「お前は……っ!」


 話にならない。

 アミルのピンチを救えたはいいが、これでは全員が死にかねない。

 やはりゲオルグを喚んだのは間違いだったのか。

 そんな事を考えたセイルの視線の先。アミルがゆっくりと身体を起こそうとしているのが見えて。

 しかし同時に、そのすぐ背後の地面が盛り上がるのが見えた。


「アミル!」

「う……え……? あれ、私は一体……」


 少し混乱しているらしいアミルの背後からアースワームが飛び出し、その瞬間にアミルが覚醒する。


「あっ……!? わ、私の剣は!」


 手元に落ちている剣を慌てて掴み、立ち上がり振り返る。

 ただそれだけの動作を完了するよりも、アースワームの方が速くて。

 開かれた巨大な口がアミルの下へと届こうとするよりも、その前に。

 

「どけ……っ!」

「ぬう!?」


 セイルはゲオルグを押しのけると、一瞬の躊躇もなくヴァルブレイドを投擲した。


「ギャッ!?」

「貴様……何のつもりだ!」

「煩い!」


 ゲオルグをその場に置き去りに、セイルはアミルの下へと走る。

 ヴァルブレイドの突き刺さったアースワームは当たり所が悪かったのか一撃で倒れ伏し、そのまま大地に身体を横たえる。

 だがそれでモンスター達の包囲が解けるわけでもなく。アミルはセイルのヴァルブレイドを回収するべく、慌てたように走る。


「一般兵を助ける為に、自分の武器を……? あのセイルがか……?」


 そんなゲオルグの声が背後から聞こえてくるが、セイルは振り返りすらしない。

 

「アミル! いいからこっちへ!」

「え。で、でもセイル様! あの剣はセイル様の……!」

「そんなもの、お前の命に代えられるか!」


 確かに、ヴァルブレイドはノーマルガチャでは手に入らない星5の武器だ。

 対するアミルは星3まで育ったとはいえ、素の星が1のモブ兵士。

 天秤にかけてみれば、どちらが大切か……ゲームの頃であれば、考えるまでもない。

 けれど、それでも。

 そうであるとしても、セイルにアミルを見捨てるという選択肢はなかった。

 

「ギギギ……」

「ギャギャ」

「ゲッゲッゲッ」


 何処にこれ程までのモンスターが居たのか。

 それ程までに引き寄せられる魅力があの「魔族の英雄」にあったというのか。

 それらはセイルが武器を持っていないのを見ると、一斉に奇声をあげて襲い掛かってくる。


「ギイイイイイゲアッ!?」


 だが、先頭きって襲い掛かってきたゴブリンは、アミルの下まで辿り着いたセイルがカオスゲートから取り出した鉄の剣に両断される。

 そう、元々セイルの攻撃力は高い。ヴァルブレイドが無くともゴブリンを相手にするのに不足はなく、分かりやすい武器の存在は他のモンスター達を躊躇させる。


「セイル様、今のうちに剣を! どう行動するにせよ、アレが無ければ!」

「……ああ。しかし……完全に囲まれてしまったな」


 集まってきたモンスターの群れはセイル達を包囲するかのように輪を縮め。

 イリーナを抱えたキースと、クリスの2人もセイル達の下へと走ってくる。


「ま、拙いでありますよ!?」

「これは……いよいよかも、しれませんね」


 セイルが先頭に立ち、無理矢理道を拓く事は出来るだろう。

 しかし、これほどまでに囲まれてしまっては後列の安全が確保できない。

 どうするべきか。どうしたらいいのか。

 どうすれば、この場を安全に突破できるのか。

 考えるセイルの前に、ガチャガチャと音を響かせながらゲオルグがやってくる。


「……お前とやりあう気はないぞ、ゲオルグ」

「聞かせろ、セイル。その一般兵を何故助けた」

「そんなものに理由が要るのか」

「当たり前だ。一般兵の死なんぞ、日常だっただろう」


 その言葉に、セイルの中に驚きと共に……しかし、1つの納得を齎す。

 シミュレーションゲーム「カオスディスティニー」。

 帝国軍や魔族……様々な敵と戦う主人公セイルとその仲間達。

「軍」を構成する彼等との戦いは、決して小競り合いではなかったはずだ。

 如何に星5の綺羅星のような仲間達が居たとして、圧倒的な数の差をひっくり返せるものでもなかったはず。

 ……となると、ゲームでは語られない部分に、やはり「名も無き仲間達」は居たのだ。

 そしてそれは、アミルやイリーナ達の言葉の端々に現れていた。

「セイル」に名前を憶えられている「仲間」達の裏に、そうした戦死して消えていく仲間達もいたのだろう。


「お前は、そんなものの為に命を投げ出すような男ではなかったはずだ」


 そう、主人公セイルは亡国の王子だった。

 大局としての勝利や強力な仲間達の事は気にしても、末端までは気を配っていられただろうか。

 そんなはずはない。如何に「セイル」が聖人じみた男であったとしても、それは有り得ない。

 けれど。けれど「カオスディスティニー」のセイルがそうであったのだとしても。


「俺は、投げ出せる」

「……何?」

「この何もない俺についてきてくれる仲間を見捨てるくらいなら。命くらい、何度だって投げ出そう」


 きっと、それが英雄であるということだ。

 だからセイルは、そうでなければならない。

 それが「セイル」には有り得ない行動なのだとしても、そうしなければならない。


「全員、可能な限り俺から離れるな! ヴァルブレイドを回収し、この場を突破する!」

「はい!」

「りょ、了解であります!」

「それしかありませんね」


 気絶したままのイリーナを除き、全員がそう返して。


「……待て、セイル」


 ゲオルグが、斧を構えそう呼び止める。


「まだ何かあるのか」

「ああ、あるとも……先頭は、儂が務めてやる。貴様は、その大事な仲間とやらを後方から守れ」


 あまりにも意外なその申し出に、セイルは思わず聞き返しそうになって。


「貴様に、少し興味が湧いた……さあ、行くぞ。モンスター共め、どうやら互いの牽制も役割分担も終わったようだ」


 気付けば、モンスター達の小競り合いはもう終わり始めている。

 幾つもの瞳がセイル達に向けられている現状は、全滅へのカウントダウンだろう。


「信じて、いいんだな」

「信じなくとも構わん。儂は行く」


 斧を構え走り出すゲオルグの背中を見てセイルは「行け!」と仲間達へと叫ぶ。

 それと同時にアミル達も慌てたように走り出し……セイルはヴァルブレイドを回収し、最後尾を走り始めた。

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