帝国進撃二夜目:銀の夜6

 カオスゲートが、アミルの近くにカランと音をたてて落ちる。

 近づいていたゴブリン達はカオスゲートから溢れ出す光に一瞬怯み、その場に出現した男の姿に明らかに怯む。

 体型としては、ガレスやオーガンのような筋肉質。

 壁のように大きなその身体を鎧に包み、大きな斧を片手に持っている。

 短く刈り込んだ髪と、伸びた口髭が山賊のような雰囲気を醸し出してすらいる。

 燃えるように輝く瞳はゴブリン達を睨みつけ、次に足元に転がるアミルを、そして燃える家々を見る。


「ゴブリン、王国兵、燃える家……そしてモンスターの群れ。分からん。状況はサッパリ分からん」

「ギ、ギ……ギイ!」


 ゲオルグが腕を降ろしているのを好機と見たか襲い掛かったゴブリンの一体を、振り上げられたゲオルグの斧が叩き割る。

 真っ二つになりながら吹き飛んだ自分達の仲間を見て他のゴブリンが恐慌状態に陥るが……ゲオルグは斧を構えると、ゴブリン達を睨みつける。


「だが。とりあえず、儂に刃を向けた以上……生きていられると思うなよ?」


 ズシン、ガチャリと。重たげな鎧の音が響きゲオルグが前進する。

 その前進の音が響く度にゴブリン達は慌て、ついには逃げ出してしまう。

 そして、地下に居た残り一匹のアースワームがその音に惹かれたか、ゲオルグの近くから飛び出しその姿を見せる。

 並んだ牙を見せつけ威嚇するアースワームに、しかしゲオルグもまた歯を剥き出すようにして哂う。


「デカいだけの化けミミズが……! 生意気にも儂を食えるつもりか!」


 自分目掛けて落下するように襲い掛かってくるアースワームを正面から迎え撃つつもりか、ゲオルグは斧を構える。

 無論、その体重を活かし落下してくるアースワームの瞬間攻撃力は脅威だ。

 如何な力自慢とて、正面から対抗するのは難しい。

 それを理解していながら、ゲオルグはアースワームを見上げて。

 落下のその瞬間を見極め、素早くバックステップする。

 それはアミルがアースワームと戦った時にとった戦術だが、重たい鎧を着込み鈍重なゲオルグがやるのでは難易度が違う。


 そして。ゲオルグの斧に魔力が通り、輝き始める。

 セイルのヴァルスラッシュとは違う、バチバチと放電するような凶悪な輝き。

 それはゲオルグの斧にまるで稲妻が宿っているかのようで。

 慌てて地面にそのまま潜っていこうとしたアースワームに、ゲオルグは斧の輝きに負けぬ凶悪な笑みを向ける。


「逃がすものかよ……! メガッスマアアッシュ!」


 バツン、と。地面ごと砕くのようにアースワームの身体をゲオルグの斧が叩き切る。

 逃げようとして逃げきれず地表に残されたアースワームの身体が倒れ周囲に居た運の悪いモンスターが押し潰されるが、そんな事をゲオルグが気にするはずもない。

 もうゴブリン達は敵にもならないと……しかしアミルに気を向けるわけでもなく、更なる情報を求めて振り向いて。

 そこに、イリーナを受け止めたセイルの姿を発見する。


「よかった……イリーナ、無事か!」

「う……」


 空へ投げ出された恐怖からか意識が朦朧としているイリーナをセイルは手近な地面に置くと、なんとか手負いのアースワームにトドメを刺したキースとクリスに目を向けて。

 更にその先のアミルの無事を確認するべくキース達にイリーナを任せようとして。

 セイルは、自分目掛けて走ってくるゲオルグを見てギョッとした顔をする。

 戦闘音から、アミルが無事であろうことは分かっていた。

 ゲオルグは思惑通りに戦ってくれた。この状況を見ればゲオルグも流石に協力してくれるだろうと、そう考えていた。

 しかし、しかしだ。


「セイルゥゥゥゥゥ!!」

「ゲ、ゲオルグ!?」

「そんな手薄で居るとは好都合! 今こそ死ねえい!」

「馬鹿な、この状況が見えていないのか!」


 慌ててセイルはヴァルブレイドを構えゲオルグを迎撃するべく走るが、周囲はモンスター達が溢れたままだ。

 このままでは退路どころか進む道さえ閉ざされかねない。

 だというのに、ゲオルグは何を考えているのか。

 ゲオルグの斧を正面から弾き返し、セイルはゲオルグと対峙する。


「フン、そんなもの! 貴様を殺しその首を切り取ってからでも遅くはない!」

「もっと周囲をよく見ろ! 今は俺達が争っている場合じゃない!」

「戯言を! 殺す相手と慣れあいどうなる! 此処で儂が死ぬとしても、セイル! 貴様が死ぬのであればヴォ―ダン様はお喜びになるであろうよ!」


 それを聞いて、セイルは確信する。

 ゲオルグの「記憶」は、ヴォーダンが皇帝であった頃のものなのだ。

 つまり、ヴォーダンが死にワルキリアが皇帝となった時代のユニットであるキースであれば。

 そう期待してキースへ視線を向けて。


「ゲ、ゲゲゲ……ゲオルグ将軍……?」


 嫌いなのか怖いのか分からないが、ガタガタ震えるキースは説得の役に立ちそうにない。


「聞け、ゲオルグ! 此処は俺達の世界じゃない!」

「戯言を!」


 ダメだ、と直感する。あまりゲオルグの常識から離れた事を今話しても、説得の材料にはならない。 

 ……とすると。「カオスディスティニー」のストーリーに沿って説得するしかない。


「いいか、ヴォーダンは死んだんだ! 帝国はワルキリアが跡を継いだ! 帝槍グインランスもワルキアを認めたぞ!」

「馬鹿を言うな! あの化物のようなヴォーダン様が易々と死ぬものかよ!」


 響く剣戟。その間にもモンスター達はセイル達を発見し、その数が増えていく。

 今はどういうつもりかセイル達を遠巻きに見ているようだが、いつ飛び込んでくるかも分からない。


「王国と帝国は友好関係となったんだ! 俺達が争う理由はない!」


 セイルに渾身の斧の一撃を防がれ、鍔迫り合いながらもゲオルグはセイルを睨みつける。


「……そうか。それが本当であったとして、儂は度重なる失敗から帝国を追われた身よ。となればもはやセイル。その主因である貴様を殺すくらいしか儂の存在意義はあるまい」

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