帝都進撃二夜目:銀の夜3

 砕けた剣が、地面に転がる。

 切り裂かれた自分の身体を見て、シングラティオは小さく息を吐く。

 流れる血を気にする様子もなく満足そうな、しかし不満そうな笑みをその顔に浮かべる。


「まさか、剣の方が耐えきれねえとはな。適当な剣を持ってくるんじゃなかったか」

「そんな事を言ってる場合か。その傷……」

「こんなもん、すぐ治るっつーの」


 言いながら、シングラティオは小瓶を取り出し中身を飲み干す。

 そうすると、その身体が柔らかな光に包まれ傷が塞がっていくのが見える。


「とはいえ、貴重なポーション使わされたのは痛ぇな。だがまあ、必要経費ってやつだな」


 そう言うと瓶を投げ捨て、シングラティオはセイルへと向き直る。


「で? セイルだったか? お前、あれだろ。人間の英雄だろ?」

「……ああ。一応聞くが、知っていたのか?」

「いや、全然。だがまあ、人間は基本弱っちいからな。俺と多少でも打ち合える奴なんていったら、英雄くらいしかいねえだろ?」

「そうか。そういうお前は……魔族の英雄ということでいいのか?」

「おう。俺が魔族の英雄シングラティオだ」


 そう言って、シングラティオは胸を張る。

 自信満々のその姿からは、武器を壊された事に対する何の感情も見えはしない。

 先程の「適当な剣」というのもハッタリの類では無さそうだ……と、セイルはそんな事を考える。


「それで、シングラティオ。話を聞いてくれるというなら、幾つか聞きたい事がある」

「おう、なんだよ?」

「まず、1つ目。この村で何をしていた?」

「つまんねー質問だな。ゴミ掃除。で。次は?」


 一気に不機嫌そうになったシングラティオだが、今の質問の何が悪かったのかセイルには分からない。

 だからその疑問はひとまず置いて……最大の疑問へと踏み込むことにする。


「俺達はこの国の国境で襲撃跡と、その場所で死んだと思われる人間を模した土人形を見た。それについて何か知らないか?」


 やったのはお前達か、とは聞かない。

 疑ってかかる質問をする事によって、シングラティオが再び敵対的になる可能性を捨てきれないからだ。

 そして、そんなセイルの質問にシングラティオは「んー……」と唸り始める。


「ま、それだよな。人間の英雄がこっち来るとなるとよ」

「知って、いるんだな?」

「おう。つーかよ、俺が解決してやるからお前等帰れって言ったら、帰るか?」

「……理由も聞かずに是とは言えないが」

「だよなあ」


 セイルの返答に頷くと、シングラティオは大きな溜息をつく。


「ま、言ってみるとだな。この辺の連中……壁の内側か? その辺をブッ殺したのは俺達だ」


 その言葉にアミル達が黙り切れずにざわめくが、セイルに制されて再び黙り込む。


「だがまあ……多少は人間も成長したんじゃねえかと思えてな。この調子なら英雄も生まれてるんじゃねえかと、そう思ったわけだ」

「悪いが、意味が分からん」

「そうか? 単純に『存在しててもいいんじゃね?』って話なんだけどよ」


 狂っている。

 いや、違う。価値観が違い過ぎるのだ。

 ライトエルフの人間に対する見下し方も相当だったが、レベルが違う。

 人間のような姿をしていても、その考え方が根本から異なっている。


「弱い奴は言葉を交わす価値もねえ。けど強い奴には敬意を払うのが義務だ。そういう奴を生み出す土壌があるなら、きちんと生命体として認識するべきだ。そうだろう?」

「理解したくないが言葉の意味としては理解しよう。それで?」

「ちゃんと生命体として認識したなら、それに相応しい扱いをすべきだ」

「ああ、それについては同意する」


 たぶん同じ意味ではないのだろうな……と思いながらも、セイルはシングラティオにそう答える。


「だからこそ、粘土みてえに捏ね繰り回して遊ぶのは違う。ま、そういうことだな」

「……魔族の死霊術士がこの国で何かやっている。そういう認識でいいんだな?」

「帝国とかってのは知らねえが、それでいいぜ。で、俺はそいつをブッ殺しにきた」

「同じ魔族の仲間なんじゃないのか?」

「あ?」


 セイルの疑問にシングラティオは首を傾げ……やがて「あー」と頷く。


「そっか。お前等、魔族の事よく知らねえんだな? 俺等に同族意識とかあるわけねえだろ。笑わせんなよ?」

「遥か昔の戦いでは、魔族に人間が滅ぼされかけたと聞いたが」

「そんなもん、昔の人間が束になっても蹴散らされるゴミだったってだけの話だろォ?」


 遥かな昔、人間は魔族に滅ぼされかけた。

 では何故「滅ぼされた」ではなかったのか。

 その答えは……ひょっとすると、単純なのかもしれないとセイルは思う。

 ただ単に魔族に先を争うように殺されていっただけで「侵攻」ですらなかったのではないか。

 子供が新雪を踏むように、なんとなく目についたから滅ぼされかけただけだったのではないか。

 そんな事を、考えてしまう。

 その先まで思考を進めたら、目の前のシングラティオとの間に決定的な溝が出来る気がして、セイルは考えを振り払う。


「……話を戻そう。その死霊術士は具体的に何をしている? 死体が1つもないのは何故だ? お前が此処で何かと戦っていた事と、関係があるのか?」

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