帝都進撃二夜目:銀の夜2

「セ、セイル様……今のは!」

「爆発……魔法です!?」

「かなりデカかったですよ!?」

 

 アミルにイリーナ、キースが驚いたような声をあげ、セイルは爆発の起こった方向をじっと見つめる。

 今天上にあるのは、終末の銀の月。

 その影響下にあって、あの威力。それだけの魔法を放てる者がいるとすれば、明らかに只者ではない。

 それが敵か味方かは分からないが……いずれにせよ、確かめなければならないだろう。

 そう決心すると、セイルは全員に号令をかける。


「よし……行くぞ」


 言うと同時にセイルは先頭を走る。能力的に見れば突然攻撃されたとしても、耐えられるであろう者はセイルだからだ。

 そうして街道を走り……セイル達の目の前に、爆発の余波のせいか燃える村が見えてくる。


「村が、燃えて……」


 一般的に見れば暴漢に襲撃された村。

 けれど、国境門の事を考えればそうとも限らない。

 何処かの誰かがあの土人形達との戦闘の結果、こうなった可能性だって捨てきれないのだ。

 少しでも情報を求めて、セイル達は周囲を見回して……そして、見た。


「お? まだ残ってたんかよ。その恰好から見ると戦闘要員ってとこか。中々芸が細かいじゃねえか」


 クックッ、と面白そうに笑う男の姿は、燃える火で照らされて。

 だから、分かってしまう。

 浅黒い肌と、真っ白の髪。燃え盛る炎のように真っ赤な目。

 セイルと同程度の体格の身体を覆うのは、金糸をあしらった豪奢な服。

 鎧一つ身に着けてはいないが、手に持つシンプルなデザインの長剣は男が剣士である事を雄弁に主張する。

 人間そっくりのその姿。けれど、ああ、けれど。

 セイルを含む全員が、ハッキリと理解する。これは、人間ではないと。

 知識ではない。理屈ではない。ただ、分かってしまう。

 目の前に居るのが、人間とは全く違う何者かであると。


「……お前は、誰だ。まさか……魔族、なのか?」

「ん? ほんとに芸が細けえな。けどまあ、人形遊びに付き合ってやる程酔狂でもねえんで……な!」


 男の姿が消える。いや、違う。凄まじい速度で接近して、セイルの目の前に現れる。


「セイル様!?」

「くっ!」


 間一髪。ヴァルブレイドで男の剣を防ぎ、弾く。

 ギシリと腕に伝わってくるのは、男の一撃の重み。強い、と。その一撃だけでセイルは理解させられる。

 だが、驚いたのは男の方も同じであるようだった。

 跳び離れた男の目には驚愕の表情が浮かび、セイルをじっと見ている。


「……へえ、こいつは……」

「全員離れていろ。こいつは……危険だ」


 恐らく「物理攻撃力」という数値に換算するなら、最低でもセイルと同等。

 この世界の魔族というものはどういう種族かは分からないが、それだけでも最大の警戒に値する。

 キースやクリスがさっさと離れ、アミルとイリーナが躊躇しながらも離れていくのを感じながらも、セイルは男から目を離さない。


「……もう1度聞く。お前は、誰だ」

「んー……そうだな。もう1回確かめてみるか」


 会話になっていない。いや、会話をする気がないのだと。

 セイルが気付いたその次の瞬間には、すでに間合いに男は踏み込んでいる。

 だが、たとえ見えずとも「来る」と分かっていれば充分に反応は可能だ。

 全力で男の剣を受け、弾く。


「ハハッ、偶然じゃねえみてえだな! なら、こいつはどうだ!」


 乱撃。後ろに下がって受けるセイルに、男は更に踏み込んで縦横無尽の斬撃を繰り出してくる。

 響く金属音と、一撃の度に増していく痛み。

 傷を受けずとも、その攻撃の重みだけでセイルは自分の体にダメージが蓄積していくのが分かる。


「この……! 少しは話を聞け!」

「そう言うなよ! 話聞いちまったら戦う理由が無くなっちまうかもしれねえだろォ!?」


 ようやく話が通じた。いや、通じていない。

 会話のキャッチボールが出来ているだけで、話を聞く気が一切ない。

 剣戟の嵐の中で、セイルは苦々し気に叫ぶ。


「そんなもの……無い方が良いに決まってるだろうに!」

「はぁ!? 不感症かテメエ! 戦えるチャンスがあれば戦う! 殺し合う! それが……生きてるって、もんだろがよおお!」


 一際強い斬撃を、セイルは受ける。

 大上段からの振り下ろし。一見すれば避けるもカウンターの一撃を繰り出すも簡単に思えるそれを、セイルはあえて受ける。

 ヴァルブレイドを通して伝わる衝撃は強く、重く。それでも、セイルは耐え抜く。

 ……そして、その姿を見て。男はニヤリと笑った。


「……そうかい、そうかい。そこで斬りにこねえとはな、よっぽど『お話』がしたいと見える」

「最初からそう言ってるだろう」

「そうだったか? つーか……なんだかんだ言っても、こっちが隙見せりゃ殺りにくると思ったんだがな」


 言いながら、男は剣を正面へと構える。


「俺ぁ、シングラティオだ。で、お前は?」

「セイルだ……まさか、まだやる気なのか?」

「おう。つーか、俺に『お話』聞かせたきゃ……そうする価値があると思わせてくれねえとよ?」


 男の剣に、光が集う。

 それは黒く染まった、見るだけで怖気を震うような、暗い光。

 男の剣すらもその光を恐れるように振動し、音をたてて震え始める。

 バチバチと放電すらし始めたその剣を見て。セイルもまた、ヴァルブレイドを構える。

 やらなければ、死ぬ。それが、ハッキリと分かったからだ。


「……仕方が、ないな」


 そして、ヴァルブレイドに光が集う。

 男の剣の放つ黒い光を呑み込まんと輝き、放たれる時を待つ。

 それを見て……シングラティオは、本当に楽しそうに笑う。


「ああ、いい。いいぜセイル。お前が何処の誰か、くっだらねえ説明なしでも良く分かるぜ!」

「そうか。それなら」

「じらすんじゃねえよ! こうまでなったらよ、気持ちよくぶっ放さなきゃ嘘だろォがよ!」

「理解はできない……が、分かった」


 二つの剣の輝きが、最高潮に達する。

 二人の剣士は、ほぼ同時に動き出す。


「ゼクウ……」

「ヴァル……」


 解き放たれる。二つの剣が、二つの輝きが。

 互いを消し去らんと、断ち斬らんと輝きを増す。


「スラアアアアアアアアアアアッシュ!!」


 そして。刃が砕ける、甲高い音が響き渡った。

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