国境警備隊跡地の調査
……そうして調査を開始したものの、結果から言えば何も見つける事は出来ていなかった。
宿舎跡、馬車の残骸、国境門付近……何処にもクリスの「聖域」に反応する何かは無かった。
「此処が最後ですね」
「ああ、確か食糧庫だったか」
最後に一番可能性の低いであろう食糧庫に足を踏み入れると、クリスは儀礼剣を床に触れさせる。
「聖域展開」
そんな短い言葉と共に、クリスの儀礼剣の刃が触れた場所を中心に光の波が広がっていく。
地面を薄く覆うような光がぼんやりと地面を発光させていき……しかし、ただそれだけだ。
何かが飛び出てくる事も無ければ、不可思議な地響きが起こるといったような事もない。
「……どうやら、此処にも何も無さそうですね」
「そう、か」
セイルはそう呟くと、顎に手をやり考える。
結局のところ、聖域に反応するような何かはこの場所には存在しなかった。
しかし、それでもクリスの「聖域」によるこの場所の浄化は不可能。
これが現状で分かっている事だ。
ならば、これからどうするべきか。
「セイル王子」
「ん? ああ。なんだ?」
「此処にある食糧は回収しなくていいのですか? 先程伺った話からしますと、カオスゲートとやらに収納できそうですが」
クリスが言っているのが芋袋やワイン樽などの事だと理解したセイルは「それか……」と呟く。
「それは此処のものだろう。それに、先程の呪いの話も含めて考えれば手を出すわけにもな……」
「別に此処に食べる人が残っているわけでもないでしょうに。それに、呪われているならカオスゲートに入れれば分かるのでは?」
「む」
それは、確かにその通りかもしれないとセイルは思う。
たとえば芋が呪われていたとして、カオスゲートに入れれば「呪われた芋」のような表示になるかもしれない。
だとすると、間違って呪われたものが毒の入ったものを食べる確率は低いと言える。
「先に進むにせよ戻るにせよ、食糧は重要です。有効活用するのもリーダーの務めだと思いますよ?」
「……」
その言葉に、セイルは思わず頭を掻く。
まあ、確かにその通りではある。
人数も2人増え、この先まともな食糧が手に入る可能性は無い。
何かあった時の備えは、あって困るものではない。
「どうしました? 火事場泥棒みたいで嫌ですか?」
「倫理的に気が咎めるのかと聞かれれば、その通りだと言わざるを得ないな」
「清濁併せのむのは指導者の務めでしょうに」
「耳が痛いが、それを常と考えるようにはなりたくないな」
少なくとも、それは英雄とは程遠い行為だろう。
しかしまあ……クリスの言う通りではあるのだ。
「……分かった。とはいえ、俺達で独占する事はしない。道中必要とする人々がいれば放出しよう」
「それはお心のままに」
一礼するクリスに頷くと、セイルは手近な芋の袋をカオスゲートに収納し確認する。
芋袋、と。そう表示されたアイテムの詳細を見れば「まだ真新しい芋のたっぷり詰まった袋」と表示されている。
どうやら、毒や呪いの類はないようだ。
「問題は、なさそうだな」
「それはよかった」
多少の時間をかけて倉庫の中の物を全部仕舞うと、すっからかんになった倉庫はガランと広く思えるようになる。
「さて、此処はこれでいいとしてだ。クリス、今後の事……お前はどう考える?」
「正直に言えば撤退するべきかと。撤退し、大部隊を連れてくるべきです。今の編成では疲弊するばかりかと」
「……そうなるか」
昼に休み、夜に進む。今の状況を考えればそうなるだろうが……それは相当のストレスを伴う行為ではあるだろう。交代も迎撃も容易な大部隊で進むというのは、理にかなっている。
しかしセイルの仲間達を全員連れてきたとしても大部隊には程遠く、現状を考えれば唯一安全なヘクス王国の護りを薄くしたくもない。
「クリス。この地の呪いは、何者かが発動させていると言っていたな」
「正確には呪いを利用して死霊術を発動させている何者か、ですけどね」
「その何者かを倒せば、どうなる?」
そんなセイルの質問の意味するところを考え、クリスはしばらくの沈黙の後に口を開く。
「そ、う……ですね。少なくとも死霊術の発動は収まるのですから、単純に呪われた土地というだけになるでしょう。その呪いも時間の経過と共に薄れていくはずですから……長い目で見れば問題は解決に向かうでしょうね」
「なるほどな」
セイルが何を考えているかを察し、クリスは小さく溜息をつく。
「つまるところセイル王子は、死霊術士を倒そうと考えていらっしゃる?」
「ああ、そうだ」
「無茶ですよ」
「無茶は承知だ。此処を放置する事でヘクス王国に発生するリスクを考えれば、問題の先送りは出来ない」
今は、ヘクス王国に被害はない。
国境門を境にするかのように呪いはアシュヘルト帝国の中にあるが、それがいつヘクス王国に向けられないとも限らないのだ。
手遅れになる前に、対処しなければならない。セイルは、そう考えていた。
「……嫌か、クリス」
「ま、嫌ですけどね。でもまあ……」
そう言って、クリスは再度の溜息をつく。
「エクソシストとして、座視するわけにいかないのも確かです。はあ、まったく……こういうのは、もっと高位のエクソシストの仕事だと思うんですけどね」
「そうか、助かる。それと……王子、は要らない。俺は此処ではただのセイルだ」
セイルが笑って手を差し出すと、クリスは何とも複雑な表情でその手を握り返した。
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