野営

「あー、えっと。新参の外様がこんな事言うのもどうかとは思うのでありますが……」

「そんな妙な遠慮は要らないぞ。なんだ?」


 恐る恐る、といった感じで手を上げるキースに、セイルは苦笑する。

 王国出身のメンバーの中に1人放り込まれた状況では仕方ないのかもしれないが、あまり変に卑屈になられても困る。

 かといって、どうすればいいのかは分からないのだが……まあ、それは今考えなければならない、というわけでもない。

 むしろ、特効薬を探すよりは時間をかけて慣れていって貰った方がいいだろうとセイルは考えていた。


「どうして此処で野営を? 時間的にもう少し先に進めますし、縁起が悪くありませんか?」

「あ、それは私も思ったです」


 イリーナの援護を受けて、キースが何処となくホッとしたような顔になる。

 それは「生意気だ」みたいな事を言われないだろうかという心配が透けて見える顔でもあった。


「ん……そうだな。これはアミル達にも話したんだが、この先何かある前に此処で準備を万全にしておきたい、というのが1つ目の理由だ」


 頷くアミルを見ながら、セイルは指を1本立てて。続けて、もう1本の指を立てる。


「そして、2つ目。何があるか分からないからこそ、此処で様子を見ておきたい」

「それは……どういう意味ですか?」


 こんな話を聞かされては、作業どころではないのだろう。

 身を乗り出してきたアミルに、セイルは周囲を示してみせる。


「この状況だ。この場所に居たと思われる敵勢力は、こんな国境付近を襲い死体まで片づけている。凄まじい徹底っぷりだと思わないか?」

「それは……はい」

「しかし、そこまで徹底する割には敵勢力は国境門を越えてヘクス王国にまでは攻め入っていない。それは何故だ?」


 そのセイルの言葉に、全員が顔を見合わせる。

 そう、そこが不思議でたまらないのだ。

 ついでにヘクス王国に攻め込んでいても何もおかしくはないのに、そんな痕跡は全くない。

 それは何故か。一体どんな理由があれば、国境門を越えずに引き返すというのだろうか?


「えーと……アシュヘルト帝国の中にしか敵勢力は興味がなかった……ということでありますか?」

「俺はそうだと考えている。それにどういう意味があるのかまでは分からないが……帝国の中に入った俺達相手に『どういう反応を見せるのか』は測ることが出来る」


 たとえば、これが「帝国内の人間を排除する」事を目的としていて、今でも実行中なのか。

 それとも「帝国の人間を排除する」事が目的で、すでに目的を達成しているのか。

 それが分かるだけでも、セイル達の今後の行動は大きく変わるだろう。

 撤退も視野に入れた場合、まさに此処が境界線である……ということだ。


「それは……セイル様は、この付近に敵が潜んでいるとお考えになられている、という事でありますか?」

「可能性はある、だろうな」


 少なくとも、この場の全員が感知できてはいないが……だから「居ない」と解釈するのは早計に過ぎるとセイルは考えている。

 何が起こるか分からない。そう考えるからこそ、敵の出方を見ておきたかったのだ。


「何も起こらないなら、それでいいんだ。だが最悪の事態は常に想定しておきたい。俺達のこの場所での敵は……魔族かもしれないんだからな」


 魔族。カオスディスティニーでもそうだが「魔族」という言葉から連想されるのは魔力の扱いに長け身体能力も高い強力な種族だ。

 アガルベリダがカースゴーレムを作って仕掛けていたように、似たような……あるいは、もっと強力なものが仕掛けてあったっておかしくはないのだ。

 

「……そういう意味では、ゲオルグが素直に仲間になってくれるなら楽なんだがな」

「まだ言ってるです……」

「え、ゲオルグって……まさかゲオルグ将軍でありますか?」

「ん? 知ってるのか? ああいや、同じ帝国の仲間だものな」


 思わずといった感じで声をあげたキースにセイルがそう言うと、キースは「あー……」と言いながら鼻の頭を掻く。


「なんといいましょうか、結構性格に難があったように記憶してるであります」

「そうか。たとえばの話だが、俺達の仲間になるように思うか?」

「いやあー……どうでありましょうか。何とも言えないであります」


 やはりゲオルグを呼び出すのは危険だろうか、とセイルは内心で溜息をつく。

 貴重な星3ユニット。仲間になってくれるならば是非とも喚び出したいのだが……本気で諦めた方が良さそうだ。


「……まあ、いい。つまり、そういうことだ。さあ、野営の準備だ。俺はそうだな、料理の準備でもしておこう。キース、お前はアミルと一緒にテントの設営をしてくれ」

「はい!」

「え、テントでありますか? しかし、何処に資材が?」

「ああ、今から出す」


 言いながらセイルがカオスゲートを操作すると、テント2つ分の資材が地面にドサドサと落ちてくる。

 その光景を見ていたキースはポカンと口を開けると、セイルのカオスゲートをまじまじと眺める。


「いや、確かに先程そのカオスゲート、については聞いたでありますが……なんとも……」

「便利だぞ」

「便利の一言で済ませていいのでありましょうか……」


 なんとも新鮮な反応だな、と。

 そんな事を、セイルはテント用資材をアミルと共に運んでいくキースを見ながら考えていた。

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