帝国海兵
まず目に入ったのは、短く刈り込まれた緑色の髪だった。
ガレスやオーガン程ではないが筋肉のついた身体は逞しく、浅黒く日焼けした肌は如何にも海兵らしい。
恐らくは帝国制式なのであろう、しかし下っ端らしき簡素なデザインの制服を身に纏った姿は凛々しく、顔立ちもそれに似合った荒々しい雰囲気を感じる。
ゆっくりと開かれた眼は……髪と同じ色の、緑だ。
「此処、は……」
「よく来てくれた」
戸惑うように周囲を見回していた帝国海兵の男は、セイル達の姿を見るとギョッとしたような顔をする。
「ガ、ガイアード王国のセイル王子!? 何故こんな所にいらっしゃるのでありますか!?」
「それには説明に少々時間がかかるんだがな」
言いながらも、セイルは現状について帝国海兵の男に説明していく。
そしてその話が進んでいくごとに帝国海兵の男は青くなったり周囲を不安げに見回したりと忙しなく……このアシュヘルト帝国での現状の話にまで至ると、ガックリと地面に座り込む。
「違う世界……? 英雄? 複数の月? 何が何だか、俺にはサッパリであります……」
「安心しろ。俺達だって時間をかけて呑み込んできたんだ。ただ、現状が平穏とは言い難い状況であるという事だけ知ってもらえればいい」
「その、セイル王子をこの国に引き込んだ神様はどうしてウチの女帝も喚んでくれなかったのでありましょうか……あの人なら俺と違って嬉々として動くでしょうに」
それには答えず、セイルは苦笑するだけに留める。
皇帝ワルキリア。星5ユニットで実装されている通りの「戦う女帝」だが、その性格も前線に自ら立つ程の暴れん坊だ。
しかし、この世界に「ワルキリア」が現れる可能性は……今のところ、ない。
「まあ、そう言わないでくれ。それより……そろそろ自己紹介といかないか? 俺は知っての通り、セイルだ」
「アミルです」
「イリーナ、です」
3人がそれぞれ自己紹介をすると、帝国海兵の男は慌てたように立ち上がる。
「こ、これは失礼しました! 俺はミズガルズ帝国海軍所属、キースであります!」
「そうか、キース。そう肩肘張らないでくれ。俺の事もセイル、でいい。この世界では俺の立場など無いようなモノなんだ」
「い、いえ。しかし……いえ。では……セイル様、と」
「ああ、それでいい。よろしく頼む」
「ハッ、帝国海兵キース、これよりセイル様の指揮下に入ります!」
「……やはり硬いな」
苦笑しつつも、アミルもこんな感じだったな……とセイルは思い返す。
今はアミルも多少は柔らかくなったが……帝国の人間という分、キースはそうなるまで多少時間がかかるかもしれない、などともセイルは思っていた。
「それで、キース。お前はこの場所の状況についてどう思う?」
「どう、と申されましても……」
キースは周囲を見回すと「あくまで聞いた限りで判断する私見ですが」と前置きする。
「此処で戦闘があったのは間違いないでしょう。それも、かなり一方的な戦闘であったと推測できるであります」
「ふむ、その理由は?」
「はい。戦闘痕が綺麗すぎます」
言われて、セイル達は周囲を見回す。
崩れた建物、飛び散り固まった血……何処を見ても惨状に思える。
「……酷いものに見えるが」
「いえ、はい。確かに惨憺たる有様であります。しかし逆に言えば、抵抗の形跡があまりにも少なく思えるのです」
「抵抗、の……」
キースはそう言うと、国境門を指し示す。
「一番の証拠は、あの国境門とかいう代物です」
「あれがどうかしたか?」
「綺麗すぎます。他の建物を叩き壊したような戦闘の痕跡がアレにはありません」
言われて、セイル達は国境門を見る。
なるほど、確かに綺麗なものだ。国境門には戦闘によるものと思われる傷はほとんどない。
「此処を襲撃した連中が何者であったにせよ、此処の守備隊との実力に相当な差がなければ、幾らかの抵抗……この場合は伝令を送ろうとした痕跡が残る物です」
言われて、セイルは思い返す。
アミルが見つけた馬車の残骸は置いていたものを壊されたかのような状況であり、馬は居ないが馬具の類は残されていたという。
それはつまり、此処から馬車……あるいは伝令の馬は出なかったという証拠ではないだろうか?
「……なるほど、確かに」
「つまり、それすら出来ない程に実力に開きがあったか……あるいは、数に差があり電撃的に襲撃が実行されたのではないでしょうか」
そう俺は思います、と言うキースにセイル達は感心したように頷く。
「なるほどな、もっともな意見だ。それで、そこから何か分かる事はあるか?」
「え? いえ、それは……えーと……ハハ、そこまでは……」
視線を逸らすキースにセイルは「まあ、そうだな」と返す。
キースの言う通り此処を襲撃された際に伝令は恐らく出す事すら出来なかったのだろうとセイルは思う。
となると……やはり、此処を襲撃したのは魔族だろうか。
「アミル、イリーナ、キース。それ程の一方的な戦闘があったというのに死体が一つも見つからない件についてはどう思う。どんな視点からでもいい、意見を聞かせてくれ」
「埋めた、というわけではないですよね。掘り返した跡は見つかってませんし」
そう言うのはアミルだ。埋葬しているとすれば紳士的だが、そんな跡は今のところ見つかっていない。
「想像もつきませんね。占領するのなら何処かに捨てた、という可能性もありますが……」
キースは不思議そうな顔だ。確かに、死体を片付けるのであればその後の利用が予定に入っているはずだ。
しかし、この周囲には人の気配など感じられない。
「……なんらかの呪術、という可能性もあるです」
最後にそう言ったのは、イリーナだ。
「呪術、か」
確かに、あのダークエルフの呪術士アガルベリダも人間の死体を材料にした呪術を使っていたようだ。
同じようなものが行われた結果死体が消えたという可能性は、充分にある。
「……となると、下手をすると魔族の呪術士が相手か。厄介そうだな」
そう言うと、セイルは溜息をつき……しかし、すぐに気合を入れ直す。
「まあ、今はそのくらいしか推測できないか。よし、当初の予定通りに今日は此処で休息をとる。準備を再開するぞ」
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