野営2

 やがてテントの設営も終わり、簡単なスープが鍋でグツグツと音をたてて。

 取り出されたパンを眺めていたキースが「はー……」と感心したように息を吐く。


「カオスゲート……こんなものがあっては、兵站の概念は根本から覆されるでありますなあ」


 カオスゲートについての簡単な説明をキースは受けてはいるが、そんなサラッと済ませていいような代物ではないと考えていた。

「自分達の世界」からこの「異なる世界」へ仲間と成り得る者達を呼び出す能力。

 武器や防具、道具を取り寄せる力。

 それらを強化する力。

 物品を補完する力。

 しかもこの数日前に保管したというのに全く劣化していないパンや食材を見るに、品質を保つ能力か何かもあるように見受けられた。

 こんなものがあれば、荷運びの台車も要らないし物資を焼かれる心配も一切ない。

 まさに理想の力と言えるだろう。


「先帝がカオスゲートの存在を知れば、なんとしてでも奪取せよと仰るでありましょうなあ」

「先帝か……」


 先帝。カオスディスティニーにおいては敵であった先帝……狂帝ヴォーダンの存在により、帝国ユニットの扱いにセイルは慎重にならざるを得なくなった。

 ウルザのように「敵ではあるが味方になるかもしれない」といった境界線上のユニットであればまだいいが、カオスディスティニーのガチャから排出される帝国ユニットには「どうして仲間になっているのか意味不明」な連中も少なからず存在する。

 それは今キースが言った「先帝」時代の帝国ユニットなのだが……セイルとて、その全てを覚えているわけではない。

 というよりもガチャ廃が過ぎて、星3以下のユニットは「星4にも劣らない」ようなものしか覚えてはいないのだ。

 ゲオルグの事を覚えていなかったのはそのせいでもあるのだが……だからといって今となっては調べる方法もない。

 キースも帝国ユニットではあるが、全ての帝国ユニットが知り合いというわけでもないだろう。

 何しろ、扱い的には一兵卒なのだ。

 

 ……そして、この場合困るのは。知らずのようにゲオルグのような地雷ユニット……この場合は「どうやっても仲間に出来そうにない」ユニットを引き当ててしまった場合だ。

 ゲームではない現実のこの世界では、ガチャで引けば絶対にお友達、ということにならないのは明らかだ。


「セイル様、どうぞ」

「ああ、ありがとうアミル」


 器に入れたスープを受け取り、セイルはアミルに礼を言って空を見上げる。

 少しずつ日が暮れ始め、月がその姿を見せてきている。

 その色は……青。どうやら今夜は、静寂の青の月の夜であるようだった。


「青い月……青い月は確か、えーと」

「何にも影響を与えない、ということらしい。まあ比較的安全な日だな」


 言いながら、セイルはスープを飲む。

 小さく切った肉と野菜を煮込んだスープだが、中々に良い味が出ている。


「……いつも思うが、アミルは料理が上手いな」

「い、いえいえ! ほら私、一兵卒ですから! 炊事は持ち回りですから基本スキルなんです!」

「ふむ?」

「私は魔法兵ですから。肉体労働は専門外です」

「あー、海兵もそっちは専門外でありますね。船には大抵炊事班が別に居るでありますし」

「なるほどな」


 適当な話をしながらスープを飲み、パンを齧って。

 片付けも終われば、次第に夜が近づいてくる。


「今日の夜番は俺とイリーナ、それとアミルとキースの組で分けて行う。まずは俺とイリーナでやるから2人はしっかり休んでくれ」

「はい」

「了解であります」


 この辺りはアミルも流石に「私が全部やります」などとは言わない。

 そんなものは無理だというのは分かっているからだし、流石に慣れている。

 そしてセイルがイリーナと組むのは、アミルという「前衛」を信頼しているからだ。

 慣れた風の3人の中で、やはりキースは少し居心地が悪そうだったが……こればかりは本当に仕方がない。

 アミル達が休むテントの前でセイルとイリーナは焚火を管理しながら、先程の食事の時にも使っていた適当な石の上に座る。

 パチパチと燃える火を見つめるセイルの裾をイリーナが引っ張り「セイル様、本」と促してくる。


「ん、ああ。そうだったな」


 カオスゲートからセイルが魔術書を取り出し渡すと、イリーナは早速その内容に集中し始める。

 本来であれば、それは夜番という役割からすれば不適切なのだろうが……馬車に乗っているわけでもない旅の中では、このくらいしか読む時間がないのも確かだ。

 こうして勉強した内容がイリーナの魔法のバリエーションに繋がる可能性を考えれば、受け入れるべき事でもあった。


「どうだ、イリーナ。新しい魔法の糸口は掴めそうか?」

「まだなんとも言えないです。字が汚くて解読に時間がかかってるです」

「そうか」


 本来は異物であるはずのセイル達にもこの世界の文字が読める。

 それはすでに「そういうものである」と納得はした。

 イリーナ達もそれ自体に何の疑問も抱いていないように思え、そこにセイルはあの少年神の力を感じていた。

 ……まあ、今となっては本当に些細な事ではあるだろうか。

 そんな事を考えている間にも日は完全に沈み……青い夜が、やってくる。

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