帝国との国境3

 一方のアミルは、壊れた馬車らしきものを見つけていた。

 半壊した馬車の中には、何もない。

 恐らくはこの国境門の警備の兵士達のものであったのだろうが……置いていたものが壊されたのだろうか、馬などが繋がれていた様子はない。

 しかし、馬車があるということは当然馬がいるはずで、厩舎らしきものは半壊した馬車のすぐ側に残骸らしきものがあった。


「……いません、ね」


 厩舎の中に、馬は一頭も居ない。

 襲撃で厩舎が壊れた際に逃げたか、それとも襲撃者が連れて行ったのか。

 それは分からないが、とにかく「馬が居ない」という事だけは事実であるようだった。


「それにしても、此処の兵士は何処に?」


 確認する限りでは姿がなく、死体も無い。

 生き物だけが一切合切消えてしまったかのようなこの不気味さを、どう表現するべきかがアミルには分からない。

 とはいえ、セイルにこちら側を任されている以上は何かの成果を持って帰りたい。

 そんな事を考えたアミルは、扉が閉まったままの近くの建物へと近づいていく。

 他の建物と比べると損傷が少なく、何かがあるとすれば其処であると思えたのだ。


「……もしもし?」


 その建物に近づくと、アミルは扉を叩く。

 最初は軽く、次は少し強めに、最後は乱暴に。

 何度か段階的に強さを変えて叩いてみても、何の反応も返ってはこない。

 ……となると中には誰も居ないか、あるいは隠れているか。

 もし後者であるならば貴重な目撃者であり、確保は必須だ。


「中に誰かいるのなら返事を。5数えるうちに返事がなければ、扉を破ります」


 良く通る声でアミルがドア越しにそう声をかけるが、中からは反応はない。


「5、4、3、2、1……ゼロッ!」


 ゼロ、の掛け声と共にアミルはドアを足で蹴り開ける。

 たいした抵抗も無く開いたドアの向こうにあったものは……人でもモンスターでもなく。

 積まれた布袋や樽だった。


「これって……食糧庫でしょうか?」


 アミルは剣を抜いたまま、慎重に建物の中へと入っていく。

 食糧庫の中に人の気配はなく、食糧らしき荷物が積まれている以外に変わったところはない。


「これは……芋、ですよね」


 ジャガイモと思われるものが入った袋を突き、アミルは首を傾げる。

 とすると、樽はワインか何かだろうか?

 どちらにせよ、襲撃現場に残っているにしては少しばかり違和感がある。


「うーん?」


 周囲をアミルは見回すが、他に隠れられそうな場所もない事を確認すると食糧庫を出る。

 そうすると、向こう側からセイルとイリーナがやってくるところだった。


「あ、セイル様! そちらは如何でしたか?」

「特に何もないな。そっちはどうだ?」

「それが……」


 言いながら、アミルは食糧庫を振り返る。


「此処に駐屯していた兵士達の食糧らしきものが見つかりました。恐らくは、手を付けられていない状態かと」

「……ふむ」

「食糧に、興味なかったですかね?」


 イリーナの疑問に、セイルは「どうだろうな」と悩む様子を見せる。

 思い出すのは、ライトエルフの英雄ストラレスタの言葉だ。

 確かストラレスタは、人間を滅ぼしかけたのは魔族だと言っていた。

 となると、ドワーフのいるであろう王国、そして獣人と戦闘中の皇国。

 それ以外の方角から魔族がやってきていてもおかしくはない。

 しかしダークエルフのアガルベリダやライトエルフのストラレスタがヘクス王国に来ていた事から、その可能性は低いだろうと思っていたのだ。

 だから、帝国方面は魔族に侵攻されたものの放棄されたか、複数の種族による混戦地帯かもしれないと考えていたのだが……この様子を見る限り、少なくとも「人間に対して敵意を持った何者か」が存在していて、それ……あるいはそれ等は、食糧には興味がなかったということになる。


「何が狙いだ……?」


 帝国の人間を襲い、恐らくは連れ去ってまでいる。

 その割にはヘクス王国には侵攻せず、食糧にも手をつけていない。

 奴隷にするにしても養うための食糧は必要だろうに、どういうつもりなのか。


「セイル様、セイル様」

「ん?」

「あの食糧、どうするですか?」

「む、そうだな……」


 カオスゲートがあるから、倉庫内の食糧に関しては問題なく収納できる。

 出来るが、収納して良いものかどうか。

 放置されているから貰っていいなどという論理はない。

 それに……これは考えすぎかもしれないが、毒が仕込まれている可能性だってある。


「そのままにしておこう。特に食糧に困ってはいないしな」


 王都で買い込んだ食糧も水も、カオスゲートの中に仕舞われている。

 だから特に緊急に補充しなければならないような事も無い。

 ……となれば、人間倫理を選ぶのは当然の帰結であった。


「とにかく、纏めよう。此処には生きている人間は居ないし、死体もない。つまりは、そういうことのようだな」

「はい、私達に分からない場所に隠れているのでなければ」

「です」

「……分からないな。だが、これ以上の情報も得られそうにない……か?」


 セイルはもう1度そう言うと、周囲を見回す。

 国境門と、それを守る兵士達の駐屯地。

 何があったのかも分からない場所だが、先に進めば何か分かるかもしれない。


「どうします? セイル様」

「先に進むです?」

「……いや、今日は此処で一休みしよう。この先何かがあるとしたら、万全の状態で望みたい」

「はい、セイル様。それでは……」

「ああ、アミル。テントを出すから設置を頼む。イリーナ、お前は……」

「魔法の勉強するです」

「ああ、それでいい」


 近くの瓦礫に腰を下ろすイリーナをアミルが睨みつけるが、イリーナは何処吹く風だ。


「ではセイル様。食事の準備も私が致しますので、ごゆっくりなさってください」

「何度も言うようだが……俺も手伝うぞ?」

「いえ、そういうわけには参りません! これは絶対です!」


 キッパリと譲らないアミルにセイルは苦笑する。

 これは私の仕事です、と張り切ってしまうアミルはセイルの説得にどうにも応じない。

 流石に野営は全員で交代してやっているが……。


「時至れり……というやつだな」


 カオスゲートからテントや調理器具などを取り出していたセイルに、アミルは「へ?」と声をあげる。


「何のお話ですか?」

「決まってるだろう? ガチャの時間がきた……ってことだ」

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