帝国との国境2

 閉じられた頑丈な門扉は見るからに堅牢そうで、いざという時には苦労しそうだ……などと考えながらセイルは扉を叩く。


「失礼する! 誰か、居ないのか!? 国境を通らせて貰いたい!」


 扉をセイルが強く叩けば、ドンドンと強い音が響く。

 叩いて、音が鳴って。しかし、反応はない。


「……ふむ」


 流石に、これはおかしい。

 これだけ強く叩けば、普通は何かしらの反応があるはずだ。

 例えば通さないにしても「帰れ」とか「煩い」とか、罵声の一つがあってもいいはずだ。

 ……と、なると。そういう事すら出来ない何らかの状況に陥っていると考えてもいいだろう。


「アミル、イリーナ!」

「はい!」

「はいです」


 駆け寄ってくる二人に、セイルは門扉を指し示す。


「開けるぞ」

「え!? よ、よろしいんですか!?」

「分かったです。魔法です?」

「いや、魔法は無しだ。まずは、そうだな……」


 セイルが試しに門扉をぐっと押し込むように押してみるが門扉はゴトン、という重たげな音を立てただけだ。


「鍵、じゃないな。カンヌキか」

「それならどうにでも出来るです」

「そうだな」

「へ? ま、まさかカンヌキを隙間から斬るとか仰るんじゃ……」

「そんな間抜けな隙間は無い、です」


 オロオロするアミルにイリーナがそう言って肩をすくめる。

 そう、確かにこの門扉には剣を差し込んでカンヌキを斬れるような隙間など無い。

 ピッタリと閉じた門扉は如何にも堅牢そうで、たとえ蹴ったところで開きそうにもない。

 ……けれど。セイルには、蹴り開ける必要など無い。


「……何事も無いとは思うが、少し離れていろ」

「はいです」

「あ、まさか」

「確か、この辺りだったな……」


 鞘からヴァルブレイドを引き抜くと、セイルは門扉の中心……そのカンヌキがあると思われる位置目掛けて、掛け声と共に思い切り突きを繰り出す。

 全力を込めたその一撃は、頑丈なはずの門扉を突き破り……バキャンという激しい音と共に何かを砕き、その勢いのままに扉が押し開けられていく。


 ゴトリと地面に落ちるカンヌキの残骸がたてる音と、砕かれた門扉の中央をアミルはポカンとした顔で眺めていた。


「な、ななな……なんですかセイル様、その無茶苦茶は!」

「そうでもない。ゴーレムに比べたら柔らかいだろう」

「そうかもしれませんけど!」


 セイルのヴァルブレイドは現在レベル19、攻撃力は1400。

 攻撃力10のレベル1の鉄の剣と比べれば、その攻撃力は実に140倍だ。

 勿論、この攻撃力はどうやら「最大攻撃力」であり、セイルの素の能力と合わせ威力が更に上がる事を合わせても、常にその数値が適用されるわけではない。

 カスリ傷程度の攻撃では攻撃力3程度に軽減されてしまうことだって、当然あるだろう。

 しかし、今のは違う。確実に狙い、一点に全力を込めた。

 それはセイルの力とヴァルブレイドの力を余すことなく門扉とカンヌキへと叩き込み……その結果が、これであるというわけだ。


「さて、行くぞ。アミル、イリーナ。準備はしておいてくれ」

「は、はい」

「了解です」


 慌てたように剣を抜くアミルと、杖を構えるイリーナ。

 その二人より先んじて門の奥へと進んだセイルは「あれは……」と声をあげる。

 門の先にあったのは、崩れた複数の建物と……残された、戦いの跡らしきものだった。


「これ、は……」


 焼け焦げた地面の跡。折れ、あるいは砕け地面に刺さった剣や槍などの残骸。

 鎧の破片らしきものも落ちているのが分かる。


「ここで戦いが……!? けれど、どうして誰も……」

「門のこちら側が全員死んでも、ヘクス王国側は見張りの一人もいないから気付かないです」


 それは二つの国の悲しいまでの国力の差故だが……今回ばかりは、それが良い方に転がったのかもしれなかった。

 下手に気付いていたら、これを成した何者かに同じような目にあわされていたのかもしれないのだから。


「……調べるぞ。三手に……いや、イリーナは俺と一緒だ」

「分かりました」

「はいです」


 離れていくアミルから視線を外し、セイルはイリーナを連れ壊れた建物へと近づいていく。

 恐らくは国境警備の兵士の宿舎であったのだろう二階建の建物は一体何があったのか、半分以上が削れたように崩れている。


「魔法……か?」

「たぶん、そうです。種類までは分からないです、けど。私のダークと似た性質の魔法だと思うです」

「そうか」


 イリーナのダークは、効果範囲を呑み込むようにして発動する。

 そんなものと同じであるとするならば、かなり厄介で強力な魔法だろう。


「生存者は……この様子だと絶望的だな」

「ていうか、死体がないです」

「そう、だな」


 少なくとも壊れた鎧や武器類がある以上、此処で誰かが戦った事は確実だ。

 近くに転がっていた鉄片を拾えば、固まった血がこびり付いているのも見える。

 この状況で誰かの生存を無邪気に信じる程セイルも純真ではない。

 ない、が……だとすると、死体は何処に消えてしまったのか。

 そして、此処を襲ったのは何者なのか?

 此処を襲っておきながら、国境門の向こう……ヘクス王国へ攻め込んでいないのは何故なのか?


「……別の場所を調べるぞ」

「はいです」


 真昼の太陽の光の下。想像すら出来ぬ何者かの思惑に、セイルは薄ら寒いものを感じていた。

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