帝国との国境
ヘクス王国の王都を旅立ってから、数日。
街道を行くセイル達の旅路は順調だった。
「アミル!」
「はい、セイル様!」
襲ってくるウルフの群れに、セイルとアミルは背中合わせにイリーナを守るように展開する。
涼やかな音を立てて引き抜かれた二本の剣。その音を合図にするかのようにセイルとアミルは反対方向へと走り出し手近なウルフを切り裂く。
「ガルルルルルアアア!」
「ダーク!」
アミルの横をすり抜けたウルフを、イリーナの放ったダークの魔法が呑み込む。
一瞬で闇の球の中に消えた仲間を見て警戒したのか、一瞬ウルフ達の動きが鈍り……その隙を逃さずセイル達の剣が残ったウルフ達を切り裂いていく。
「ギャウ、ギャウギャウ!」
「ギャウーン!」
「あ、待ちなさい!」
「追わなくていい」
撤退の掛け声だったのか一目散に逃げていく残りのウルフ達を追おうとしたアミルに、セイルがそう声をかける。
「けれど、セイル様……」
「モンスターの殲滅は無理だ。この数日で悟っただろう」
「それ、は……」
独自の生態系が存在するのだろうと思っていたモンスターだが、この数日でも何処からともなく現れ襲ってくる……といったような事が何度もあった。
幸いにもセイル達でなければどうしようもないというような強さでなかったのは救いだが、正直に言って底が見えなかった。
モンスターが通常の生命の営み以外の方法で増える方法があるんじゃないかと、そんな事すら思わせる程だ。
「俺達の目的はそれじゃない。目的は……」
言いながら、セイルの視線は前方へと向けられる。
それは、セイル達の前にそびえ立つ巨大な壁と門。
ヘクス王国とアシュヘルト帝国の国境を守る、国境門だった。
「あれが、国境門ですか……」
「ああ。アシュヘルト帝国が自国と他国の国境に築いた大建築……だったか」
「金の無駄っぽいです」
世界が激変した今、アシュヘルト帝国の国境全てをカバーするという国境門も他の場所でどうなっているか分かったものではない。
しかし少なくとも今この場において国境門は健在であり、セイル達にその威容を見せていた。
巨大な石造りの壁は乗り越えるには少々高く、門はしっかりと閉じられている。
誰も通さぬと言わんばかりの風景だが、セイルはそれに違和感を覚え「ん……?」と声をあげる。
「どうされました、セイル様?」
「いや……何か、変じゃないか?」
「変、ですか?」
「ああ」
言いながら国境門を見つめるセイル。アミルもそれに合わせるようにじっと国境門を見上げるが……先に「ん」と何か分かったように声をあげたのは、イリーナだった。
「確かに、変です」
「へ? え? ど、何処がですか?」
「アミルはガサツな剣兵隊だから、気付かなくても仕方ないです」
「んなっ!」
やれやれと肩をすくめるイリーナにアミルは激昂しかけるが、自分を落ち着けるように咳払いする。
「なら教えてください。ガサツな私にも分かるように」
「ん、素直は大事です」
イリーナは頷くと、国境門を指差す。
「一つ目、見張り台に兵士がいないです」
「あ……っ」
言われてみて、アミルは初めて国境門の上部……恐らくは兵士が立っているのであろう見張り台に誰も居ないのに気づく。
時間は、まだ昼になったばかり。休憩しているにしても、一人も居ないというのは流石におかしい。
「二つ目は、門がキッチリ閉じられていることだな」
イリーナの言葉を、セイルが引き継ぐ。
「こうしたモノの設置目的は分かるか? アミル」
「えーと……侵入者を防ぐ為、ですよね」
「正解だ。そして正確には『出入りする者を選別する為』でもある」
「そう、ですね?」
それで門が閉じている事の何がおかしいのか、アミルには分からない。
「しかし、そうなりますと門が閉じているのは正しいのでは?」
「昼だぞ?」
「はい、そうですね?」
「見張り台に兵士がいない、門は閉じてる。これでどうやってヘクス王国からの旅人を通す気なんだ」
「あっ」
そう、門の「こちら側」はヘクス王国なのだ。当然アシュヘルト帝国の兵士が立てるわけもなく、門を開けてその向こう側に立っていなければ、この状態ではヘクス王国側からの旅人を選別できないのだ。
見張り台に兵士が立っていれば話は別だが、それも先程イリーナが言ったとおりに居ない。
これは、明らかに妙なのだ。
「な、なるほど……」
「理解が遅いです」
「ぐっ……」
呆れたように溜息をつくイリーナにアミルは悔しそうに唸るが、気を取り直したように門を睨みつける。
「そうなりますと、あの門で何かあった……ということですよね?」
「あるいは、そうかもしれん。単純に見張りも立てずに寝過ごしている可能性もあるがな」
その可能性は低いな、と思いつつもセイルはその可能性を口にする。
「なら、試しにノックしてみませんか? 寝過ごしているなら気付くかもしれません」
「ふむ……」
悪い案ではない、とセイルは思う。
これがどこぞの罠溢れる地下ダンジョンとか、そういう類であるならともかく。
目の前にあるのはただの国境を守る門だ。通常であれば、そんなものが仕掛けてあるはずもない。
「よし、やってみるか」
「それでしたら私が!」
「いや、俺がやろう」
何かあっても、セイルであれば最悪一撃を受けても大丈夫。
そう考え、セイルはアミルとイリーナに待機するよう伝えると、門へと向かって歩く。
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